その列車には乗り遅れても

若い頃は誰しも多くの失敗を繰り返すもので、私も人並み以上に様々な経験をしています(今もそうだろ云々はさておき)。

35年前、函館ラ・サール高校に入学して最初の帰省となる高校1年のGWの際、寮(百人部屋)のすぐ近くで寝泊まりしていた仲間のうち函館駅から帰省する面々で一緒に駅まで行くことになり、4人でタクシーに乗って駅に着きました。

が、駅に到着した直後、パニックになりました。

切符(母から事前に送られたもの)を寮に忘れたのに気づいたのです。

どうしたらよいか分からず見苦しい状態になったものの、発車時刻までは余裕があったため、間に合うかもと思って、一人でタクシーに乗って寮に戻ることにしました。

しかし、考えの甘さは否めず、結局、青函線の発車から15分後ほどで函館駅に戻り、やむなく1~2時間後?の次発列車に乗って帰りました。

駅に荷物を置いてなりふり構わずタクシーに飛び込んだせいか、函館駅に戻った際は、無駄に大量の参考書?が入った重いバッグが駅構内の柱にそのまま置いてありました。

一緒に最初のタクシーに乗車した面々とは、つまらないご迷惑をお掛けしたこともあってか、ほどなく疎遠になり、その後の帰省は一人でバスか市電で行っていたと記憶しています。

当時も今も、集団行動に向いていない人生です。

さすがに、切符を忘れて戻った経験は、それが最初で最後だとは思っていますが。

何のために、こんな下らない昔話を書いているか。

先日、全く同じ話ではないものの、歴史は繰り返すという言葉を改めて感じることがありました。

私は最初に、彼は最後に。人それぞれ。

できることなら、彼もまた、ささやかな幾つもの失敗を糧に、学問で身を立てることができればと思います。

できることなら、私よりも遙か遙か先まで。

その出来事があったのは、母の死去により二戸を往復していたときでした。

母は残念ながら孫が大学生となる姿を見ることができませんでしたが、しかるべき場所で、彼らの健闘を祈念し続けているのだと思います。