エロスの英雄

皆さんは、エロスのために闘ったことはありますか?
私は令和元年から5年ほど、エロスのために闘い続けてきました。

・・・と書くと、コイツも過労と運転資金の困窮でついに狂ったか、と皆さん思われたかもしれません。

しかし、それでも敢えて言おう。
俺はエロスの英雄、ヒーローである、と。

エロスには、30年以上前から、大きな問題が生じていました。
多くの人々が先送りし、状況はどんどん悪くなっていきました。

10年ほど前、解決のため立ち上がった人々がいました。
5年前、これ以上は自分達では無理とのことで、私にお声が掛かりました。

初動は割と上手くいってたんですよ。
が。エロス内部の様々な問題に加え、どこぞの家裁から、まさかの無理難題と膨大作業・・

そして、艱難辛苦の末、ようやく大半の問題を解決できました。
まだ、小さく厄介な論点が残っていますが、まあ、なんとかなるでしょう。

この5年間、多くのエロスの人々と膨大なやりとりがありました。
きっと、彼らも私に感謝してくれるはず。いや、感謝して下さいよ・・

何より、数十年前に亡くなられた本当のエロスの英雄は、ご自身の肩の荷が下りたことを雲の上で喜んでおられることでしょう、

何を言っているか分からない方は、「訛り」が第1ヒントです。
岩手ですもの。

最初は、上手くいけば黒字もありうるかもと期待しました。
が、家裁その他の雪だるま作業で、毎度の大赤字仕事・・

岩手のヒーローは儲かりません。
ガンライザーNEOも、そう言っていた。

それでも、ようやくまとまった報酬をいただけたので、おかげさまで、どうにか年は越せました。

震災後は、債務整理特需などの恵まれた時代が去り、マイナス(大赤字仕事)に飛び込まざるを得ない日々が続いています。

芸術の前に当事務所の方が爆発しそうだと感じるときもありますが、新たに応援して下さる方々との出逢いに恵まれたことなどもあり、どうにか仕事を続けることができています。

そういえば、盛岡には、膨大な辻立ち等、上手くもなく綺麗でもなく心地よくもない闘いを長年続けてついに宿願を果たした市長さんが誕生していましたね。

田舎の町弁業界は今も厳しい状況が続いていますが、私も、運命に楯突き、べらぼうな夢を目指して頑張っていきたいと思います。

数年前の正月、事務所サイトのトップページを引用して新年のご挨拶のFB投稿をした際、予想以上に多くの「いいね」をいただき、トップページの「いいね」数が109個になりました。

今、ある寺院を舞台とする厄介な事件の訴状を作成しています。
これも数十年放置されていた問題の解決を目的とするものです。

事務所概要のページでも述べた初心を忘れずに、煩悩の1歩先にある何かを突き詰めることが、この仕事に託された役割なのかもしれないと思って、応援して下さる方々への感謝を胸に、今後も、色々と挑んでいければと思います。

来年もよろしくお願いいたします。