労働災害における安全配慮義務と労使の保険の普及について
先日の県内ニュースで、本年1月から10月末までに労災事故で亡くなった方が計16人、4日以上の休業を余儀なくされた人が968人に上るとの報道がありました。昨年の同じ時期より131人減ったとのことですが、例年、労災事故で10人前後の方が亡くなり、1000人前後の方が一定の休業を要する傷病を負っているということになります。
労災事故では、国の労災保険の給付がありますが、これは、休業損害や後遺障害又は死亡に伴う逸失利益について、保険制度の範囲内で一定額を支払うというもので、慰謝料は給付の対象にならないなど、「被害者の損害の填補」という点では、十分なものではありません。
もちろん、使用者に何らの落ち度もないものであれば、その責任を問うことはできませんが、劣悪な就労環境で労働者を追い込んで事故等を誘発したというのであれば、いわゆる安全配慮義務違反を理由に、労災保険では賄われない損害について、賠償請求するということが考えられます。
残念ながら、私は労災事故絡みの紛争にはほとんどご縁がなく、何度かご相談を受けたことはあるものの、訴訟事件として本格的に争ったということは、労使いずれの立場でも、ほぼありません。
ここ数年続けている判例学習(裁判例のデータベース作り)では、港湾労働者のアスベスト被曝から過労自殺などの問題まで、取り上げられることの多い類型であり、多少は勉強していますので、受任の機会をいただければと思っています。
ただ、労災問題については、交通事故との比較で、色々とハードルの高い面も幾つかあると思われ、それらをどのようにクリアしていくべきかという点は、悩ましいところだと思います。
まず、交通事故のうち人身被害が生じたものであれば、軽微なむち打ち症のみの事故であっても事故直後に警察に申告すれば、自動車運転過失傷害事件として捜査対象になり、交通事故証明書や実況見分調書などで、事故の事実と態様の大半を証明できます。
労災の場合、死亡などの重大事故であれば警察の捜査がなされる可能性が高いとは思いますが、交通事故に比べれば、捜査対象になる程度は遥かに低いのではないかと思われ、事故態様の立証の問題に直面することは多いと思います。とりわけ、単発的な事故ではなく、過労死など様々な事象が積み重なった事例では、「使用者の義務違反」に関する立証の課題はハードルは相応に高くなると思います。
もちろん、労災認定の際に作成された記録などを用いることができれば、相応に役立つのではと思いますが、使用者の安全配慮義務の問題まで踏み込んだものとなっているとは限らないのではないかと思われます。
また、交通事故であれば、大半の加害者が賠償責任保険に加入していますが、小規模な企業や個人事業主などでは、使用者が労災(安全配慮義務違反)の賠償責任保険に加入していない可能性が高くなるでしょうから、支払能力の問題にも直面するかもしれません。
また、現在の自動車保険では、人身傷害補償特約や弁護士費用特約が普及していますので、被害者は、相手方の支払能力や過失相殺などの問題がある場合には、自身が加入している保険会社から人身傷害補償保険の給付を受け、残金について、弁護士費用特約を用いて加害者に賠償請求するという方法をとることができ、かなりのリスク軽減ができることになっています。
そうした意味では、少なくとも、ある程度の危険性を内包する業務に関しては、人身傷害補償特約や弁護士費用特約を備えた「労働者自身のための労働保険」を保険会社が販売して、就職の際にそれに加入するという文化が励行されてもよいのではと思います。
ちょうど、冒頭のニュースと並んで、県内の山林で、作業員の方が伐採した木の下敷きになって亡くなられたとの報道がなされていましたが、以前、被災地の法テラスで、林業に従事する作業員の方が、作業車の転倒で大怪我を負い重い後遺障害を負ったという事案についてご相談を受けたことがあり、色々とハードルがあることをご説明し、誰に依頼するか(地元の先生にするか)も含めてお伝えしたということがありました。
労災は、「純然たる第三者同士」の事故である交通事故と違って、労使という継続的な人間関係が絡んでいるため、訴訟等の対立関係に及ぶのを躊躇する事案も多いかとは思いますが(そうであるがゆえに、逆のパターンもあるでしょうが)、少なくとも、明らかに安全配慮義務違反が認められるような事案では、人間関係が良好であるとしても、賠償の問題は分けて考えた方がよいと思いますし、そのような事案で、対人関係の亀裂を避けて適切な救済やそれに向けた議論を行うためにも、保険の普及が望ましいのではないかと思われます。
震災以後、被災地では復興特需で工事が増えているせいか、労災事故に関するニュースを目にすることが多くなったように思われるものの、訴訟が多く起きているという話は聞いたことがなく、私自身も上記のとおり事件受任の機会に恵まれていません。
そのため、あまり知識がない中で本も読まずに書いていますので、少し見当違いのことも書いているかも知れませんが、その点はご容赦下さい。