地方の弁護士の横領事件に関する弁護士会の後始末と残された課題④
A氏事件(平成24年に発覚した盛岡市の某弁護士の横領事件)に関する投稿の4回目(完結編)です。
4 被害補償の問題
「弁護士の横領」に対し、現在、その被害を確実に填補する仕組みはないと思います。
この点、弁護士が、過失で依頼者に損害を及ぼした場合(一審敗訴判決を逆転できる見込みが十分にある事件の控訴を受任した弁護士が、提出期限を途過し敗訴を確定させてしまった場合が典型)には、大半の弁護士が加入している弁護士賠償保険の対象になり、保険会社から相当額の支払を受けることができます(幸い、現時点で私はお世話になったことがありません。他の先生のことは公刊の裁判例以外は知りませんが、岩手に移転し最初に保険に加入した際、これを扱っている保険代理店の方から、前年に管財絡みで県内で2件の支払例があったという話を聞いた記憶があります)。
しかし、横領は故意行為ですから、交通事故の保険と同じく、過誤を対象としている弁護士賠償保険の適用外となるはずです。
そして、横領事件を起こすような弁護士は、基本的には無資力であることが通例でしょうから、ほとんどの事案では、その弁護士の親族などが肩代わりするのでない限り、被害弁償は望めないということになるでしょう。
この点に関し、参考になる話を一つ、ご紹介したいと思います。
平成22年に日弁連の廃棄物部会で韓国の廃棄物法制を少しだけ勉強したことがあり、その際、韓国では「処理業者が不法投棄などをした場合に、原状回復費用を賄うための同業者による共済組合がある。韓国では、このような同業者共済に加入するか、保険会社による不法投棄保険(原状回復費用補償保険)に加入するか、いずれかをしないと廃棄物処理の仕事ができない仕組みになっている。もちろん、共済組合も保険会社も、原状回復費用の出費を極力抑えるため、加入する業者が不法投棄等をしないよう監査する仕組みを整えている。」という話を聞いたことがあります(ちなみに、日本の廃棄物処理法制には、このような仕組みは微塵もありません)。
運用実態などがよく分かりませんので、どこまで参考になるか分かりませんが、これを弁護士に当てはめれば、「弁護士として登録するためには、弁護士が横領をした際に被害弁償を賄うための共済組合に加入するか、横領被害を補償するための保険に加入するか、いずれかを選択しなければならず、かつ、弁護士は、加入先の組合や保険会社から、横領等をしていないか業務監査を受けることを受忍しなければならない」ということになると思います。
もちろん、このような話を今の業界が受け入れるはずもなく(予防策の項で書いたようにコスト負担の問題もあります)、現実的な話ではないというべきかもしれませんが、今後、横領その他の不祥事(顧客に被害が及ぶ事件等)が頻発すれば、こうした急進的が議論も力を増してくるかもしれません。
ただ、このような話になってくれば、少なくとも岩手弁護士会のような規模の小さな団体には手に負えるものではないでしょうから、そのときが、弁護士会という存在(牧歌的なものとしての弁護士会の単位会自治という文化)が終焉を迎える時ということになるのでしょう。
5 事件の引取等について
最後に、余談のような話ですが、ここまで書いてきた「予防・補償」の話は、情報開示の話を別とすれば、いずれも夢想ないし非現実的と見なされるような事柄なのだと思います。
そのため、抜本的な防止・補償策というものは存在しない状態が続きますので、その埋め合わせのような形で、今後も、今回の岩手弁護士会が選択したように、「加害者と同一商圏内で営業している同業者(弁護士)に、係属中の事件の無償引取を要請する」という話が出てくる(悪く言えば、この程度のことしかできない)のでしょう。
ただ、それは結局のところ、事件を引き取る弁護士の善意に依存せざるを得ませんので、個々の弁護士が経済的に窮すれば、私に配点されたように成果報酬は期待できる事件はまだしも、それも期待できない事件などは、引き取り手を見つけることができない方向に傾いていくのだと思いますし、業界全体がそのような方向に傾きつつあることは、否定しがたいと思います。
或いは、そうした完全無償案件などを引き取る弁護士のため、会員(弁護士)向けに一定の費用補償制度が設けられることもあり得るかもしれませんが、それはそれで、その原資をどのように賄うのか(会費で特別会計を作る?)といった問題があるのだろうと思います。
少なくとも、横領のような問題が全国で多く見られるようになってきたことも、業界が激動期であると共に一種の斜陽期であることの象徴的な姿と言わざるを得ないのでしょうから、そうした流れに負けないよう、自分でできることを地道に頑張っていきたいと思っています。
以上、大変な長文になってしまいましたが、一連の投稿をすべてご覧いただいた方には御礼申し上げると共に、問題意識を少しでも共有していただければ幸いです。