聴覚障害の偽装やその公表などが問題となった例

先日から「聴覚障害を乗り越えた奇跡の作曲家」として脚光を浴びた人物に関し、自分が作曲したのではないことに加え、聴覚障害すらも偽装ではないかというニュースが盛んに取り上げられています。

私自身は、この方は今回のニュースで初めて知ったのですが、時代劇と歴史マンガで育った身には、どうしても「かわちのかみ」と言いたくなると思ってネットで検索したところ、同じことを考える人が沢山いるのだと知って、安心したところです。

私の上の世代の方なら、キセル乗車をする人のことを「薩摩守」と呼ぶ俗語があるのをご存知だと思いますが、今回の件で、ゴーストライターに代作をさせて自分が名声を得ようとしたり、障害を装ったりする(本件では争いがあるようですが)人のことを、世間が「河内守(かわちのかみ)」と称する日も来るのかもしれません(「やがては忘れて貰う権利」の観点からは好ましくありませんが)。

ところで、私は「判例地方自治」という判例雑誌を購読しているのですが、ちょうど最新号で、聴覚障害を偽装した人に関して問題となった裁判例が取り上げられていました。

具体的には、北海道滝上町の町長らが「元町議Xが、聴覚障害を偽装(虚偽診断書)して障害年金を詐取した可能性がある」と公表したため、Xが町に対し、個人情報漏洩や名誉毀損等を理由に賠償請求したものの、公表事実の公益性や真実性等を理由に請求が棄却された例」です(旭川地判H24.6.12)。

ゴーストライター云々はともかく、障害を詐称し年金を詐取したという話は、数年に1回程度は全国ニュース(巨額詐欺の逮捕事件)に出てくると思われ、それなりに暗数が多い話ではないかと思われます。

私自身は、幼少時から左耳の聴力がほぼ皆無で、右耳だけで会話をしており、日常生活にさほどの支障はないものの、宴会などで左側に座った方との会話や会議等で左方向の方の発言を聞き取る際には、それなりに苦労したりご面倒をお掛けしたりしています。

弁護士としても、障害を負った方のために何らかの支援ができればと思いつつ、さしたることもできない状態が続いていますが、それはさておき、障害を偽装して利益を得るなどという人が現れると、障害を負っている人が一番迷惑をしますので、「河内守」氏がそのような事案なのであれば、再発防止のための工夫を考えていただきたいと思っています。

ところで、引用した裁判例は、町議会議員が町長等から名誉毀損等をされたとして賠償を求める訴訟ですが、東京のイソ弁時代にこれと同じような事件に接したことがあります。

具体的には、関東のある自治体で「A議員が町役場で問題行動を起こした」と役場(町長)側が公表したため、A氏が町を相手に訴訟を起こしたという事件で、私の勤務先事務所がA氏の代理人を務めており、私は兄弁の付き人程度の関与に止まりましたが、背景に談合疑惑や党派対立などもあって、なかなか噛みごたえのある事件でした。

よくよく考えると、私が名誉毀損に基づく賠償請求訴訟に従事したのはあのときだけで、岩手の報道や盛岡地裁の開廷表などを見ても、岩手で名誉毀損訴訟が行われているという話もほとんど聞いたことがありません(ちょっとした相談なら受けたことがありますが、有責事案でも裁判所は滅多に高額賠償を認めないため、費用対効果の壁が大きいという面があります)。

最近は減りましたが、4、5年前には名誉毀損関係の裁判例は、判例雑誌に非常に多く載っており、医療過誤や建築、知財などと並んで、多く掲載されている類型でした。

これまでは、マスメディア等が集中する東京に限定される傾向があったでしょうが、ネット時代等の影響で、facebookなどを含め、地方在住の方が名誉毀損等に関する紛争当事者になりやすくなったでしょうから、出番に備えて一定の研鑽は忘れないようにしておきたいと思っています。