長万部ビッグトイレ物語
昭和63年の春、二戸市立福岡中学校の同級生・Sはこう言いました。
「長万部には、ビッグトイレがある!」
発端は、修学旅行の行程を記したポスター?に表示された、作者不明の絵でした。
二戸駅(北福岡駅?)を出発し開通直後の青函トンネルを抜け、函館から洞爺湖までバスで向かうだけの1日目。
ちょうど中間にあたる長万部でトイレ休憩が予定されていました。
ただ、ポスターに描かれていたトイレの絵が、どうにも大きすぎたのです。
或いは、生徒達がバスで粗相しないよう確実にトイレ休憩させるべく注意喚起する目的で、作者は大きなトイレの絵を描いたのかもしれません。
ともあれ、Sは、長万部にはビッグトイレがある、お前ら楽しみにしていろと出発前から嬉々として語っていました。
私に限らず岩手の辺境で育った素朴な子供達にとって、修学旅行でもなければ遠い遠い北海道に縁があるはずもありません。
彼のそうした発言も、きっと田舎の子供らしい「修学旅行ハイ」の影響なのでしょう。
結局、トイレ休憩の実際がどうであったか、微かな荒天の記憶があるだけで、あまり覚えていません。
ともあれ、その後もこの言葉は、有り難くもないことに私の記憶から消えてくれませんでした。
長い年月が過ぎ、37年ぶりに洞爺湖に向かう機会を得ました。
ビッグトイレが頭から離れない私は、せめて、聖地巡礼よろしくトイレ休憩の場所に立ち寄ってみたいと思いました。
しかし、道央自動車道の地図を何度見ても、長万部にはPAがありません。
勘違いしていましたが、昭和63年には函館から長万部まで高速道路は開通しておらず、一般道を何時間もかけて道南と道央を往復していたのでした。
ただ、長万部には、2年前、ちん事ならぬ珍事がありました。
世間を賑わせた「長万部・巨大水柱騒動」です。
現在はすでに騒動が収束し、現地には再発防止?のための小さな施設が残るのみでした。
しかし、私はそれを見て、ハッとせずにはいられませんでした。
突如現れて延々と続いた噴湯は、その使い道のなさ、迷惑さも相俟って、大地が長年溜め込んだ余分な水分を我慢の限界を超えて激しく垂れ流したと評しうるものです。
強い塩分を含んだ噴出水に晒されて枯れ果てた周辺の樹木の光景もまた、そうした印象を否応なく高めるものと言えましょう。
巨大な建物よりも、大地による水分の排泄こそビッグトイレを冠するに相応しい。
Sの言葉は、世迷い言ではなく予言や言霊の類だったのかもしれません。
37年前の宿題を何か一つ片付けたような、奇妙な満足感に囚われながら、私は目的地である洞爺湖そして有珠山に向かいました。
有珠山は火山学に関する世界的な学術的価値が認められていますが、噴火もまた、大地の排泄の類と言えないこともありません。
水柱が噴出した場所は、古くから地元民の崇敬を集めた長万部の鎮守・飯生(いいなり)神社の敷地内にあります。
或いは、便秘などに苦しむ方々は、飯生神社ひいてはこの地域を巡礼すれば、何か御利益があるかもしれません。
まあ、お通じの神様だと宣伝されても水柱と同様に神社関係者に嫌そうな顔をされる光景しか浮かんできません。
というわけで、それに代えて、当地も学業成就の神様になればと思って一句。
大願を言い成ることを また祈り
蛇足ながら、長万部にも旅の途中に高速を下りて噴火湾を堪能できるオサレ施設があればと思いつつ、安全運転を願って一句。
オーシャンを望まんベストなこの街で
お洒落さんスピード注意だ捕まんべ