「学校でいじめが生じて被害者(生徒・児童)が自死に及んだ後、遺族が加害者側や学校に対して賠償請求する例」は、判例雑誌などで時折見かけることがあります。
当事者(加害者)に社会通念上容認しがたい「いじめ行為」があったという具体的な事実が判明すれば、加害者本人はもとより、その親権者や学校側が監督責任としての賠償義務を負うことがあり、裏を返せば、そのような事実が解明できなかった場合には、立証不十分で遺族の請求は棄却される可能性が高いと言えます。
もとより、遺族には事件発生(子の自死)に至るまでの事実関係を解明するのは容易でなく、学校に対し事実の調査、解明を行って欲しいと期待するのは当然やむを得ないことと言えます。
そのため、学校が当初から不誠実な対応に終始するなど、事案の解明や報告に取り組まなかった場合には、いじめ行為への監督云々とは別に、それ自体(調査報告の懈怠)が違法行為(義務違反)に当たるとして、遺族への賠償義務がみとめられることがあります。
例えば、「私立中の生徒が自殺し両親が後になって全容解明を希望し徹底調査を求めたものの学校が拒否したケースで、学校に調査報告義務違反ありとし慰謝料の支払を命じた例」があります(高知地判H24.6.5判タ1384-246)。
事案と判旨は次のとおりです。
『Y1学園が経営する私立中の1年生Aが自殺した。両親Xらは当初、自殺の事実を伏せたいと考え、Y1もそれに沿う対応をしていたが、後日、Aがクラブ内・教室内でいじめ・嫌がらせを受けていた事実が判明したため、XらがY1に徹底調査を求めた。
ところが、Y1は、一部の者のみの簡易な聴き取りのみを行いXが求めた全校調査等を拒否したため、Xらは、「Y1は自殺の原因を調査しXらに報告すべき義務あるのに怠った」と主張し、クラス担任Y2及びクラブの顧問Y3を含め、総額800万円(Y1にX1・X2各250万円、Y1・Y2連帯でXら各100万円、Y1・Y3連帯でXら各50万円)を請求した。
判決は、Y1にXらに各80万円、Y1・Y2に連帯でXらに各15万円の支払を命じ、Y3への請求は棄却(総額190万円を認容)。
裁判所は、Y1が、本件自殺が学校生活上の問題に起因する疑いがあることを真摯に受け止め原因が構内にあるか調査しXらに報告すべき必要性は相当程度高かったのに、消極的な姿勢でその調査等を行わなかったと判断し、自殺から2年以上が経過した判決時には当該解明は事実上不可能になってしまったことなどを重視し、義務違反を認めた。但し、Yに有利となる事情も斟酌し、賠償は上記の金額に止めた。』
また、「いじめ」以外でも、小学5年生の児童が自死した件で、遺族が担任の指導(学校内での接し方)に問題がある(児童へのパワハラ的な行為があった)と主張し、学校に調査、報告を求めたのに、学校がこれを怠ったとして賠償請求した件で、担任の指導に違法な点はなかったものの、学校に調査、報告義務違反があるとして、その点を理由とする賠償請求が認容(総額110万円)された例もあります(札幌地判H25.6.3判時2202-82)。
このように、「生徒・児童に深刻な被害が生じた場合に、学校生活にその原因となる事情が存すると疑われる相当な理由がある場合には、本人・家族の求めにより学校が相当な調査、報告をする義務を負い、これを果たさないと賠償の対象となる」ということは、裁判所の一般的な認識として、認められているということができるのではないかと思います。
そして、このような考え方は、一定の応用が利くのではないかとも思われます。すなわち、企業に勤務している方に深刻な被害(例えば過労や職場内のいじめ等による自死など)が生じた場合に、その原因が企業での勤務状況にあると疑われる相当な理由がある場合には、本人・家族の求めにより勤務先が相当な調査・報告をする義務を負い、これを果たさないと賠償の対象となる(被害そのものに責任がなかったとしても、判明後の対応の不備を理由に慰謝料等を賠償しなければならない場合がある)」と考えることができるのではないでしょうか。
また、こうした話は、労働契約に限らず、介護施設を利用している方に関し自死や重大な事故が生じた場合(入院中の事故など医療機関を含む)など、様々な形で応用範囲が広がってくる可能性があります。
この点、上記の札幌地裁判決では、調査・報告義務の根拠を就学契約に求めているとのことで、生徒・児童の「利用者」という面を強調するのであれば、労働契約のような場合には応用の範囲は限られてくるかもしれませんが、それでも、こうした視点を持っておくことは、利用者(従事者)等と企業側の双方にとって、重要なことではないかと考えます。
とりわけ「見える化」などという言葉が広く用いられるなど、説明義務的な発想を広く認め、そのことにより社会の透明性や様々な意識(職業意識や規範意識など)の向上を図っていくことが現在の社会の潮流になってきていると思われ、そうした面も意識する必要があると考えます。
ただ、上記の「調査報告義務違反」で認められる金額は大きなものではなく、それのためだけに裁判を行うというのは、受任する弁護士に相当な費用を要する可能性が高い(その種の事案の性質上、膨大な作業を必要とする可能性が高いため)ことに照らせば、被害者側の権利行使の機会(利益)の保護という面からは、なお不十分という印象は否めません。
そのため、こうした問題を射程に入れた弁護士費用保険の開発や普及(適切な運用や審査制度等も含め)が求められるところだと思っています。