北奥法律事務所

岩手・盛岡の弁護士 北奥法律事務所 債務整理、離婚、相続、交通事故、企業法務、各種法律相談など。

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雑談・戯言など

万引と弁償を繰り返すお爺さんとカレーメシ

先日、盛岡のランチパスポート期間が終わり、優雅な生活を望むべくもない身は、あっという間にカップラ昼食に墜ちています。

夏の「端境期」にもfacebook上で同じようなことを書いたら、友人に「カレーメシが上手いよ!」と勧められたのですが、その日の晩に接見した「スーパーで万引きをしたお爺さん」から被害弁償(万引品の代金全額)を届けて欲しいと頼まれたので、そのお店に支払に伺ったついでにお店に1個だけ残っていたカレーメシを買って帰りました。

で、12月になっても食べそびれていたので、先日、それなりに美味しくいただきました。

ちなみに、お爺さんは「被害弁償で不起訴になるはずだ」と強く述べていたのですが、前科多数の方で、残念ながら実刑判決で終了しました。過去の事件でも、同じように逮捕→すぐに弁償→でも前科あるので実刑、というパターンが繰り返されていたことを、起訴後の開示記録で知りました。

本件では、前刑出所後に貸室に入居し収入はもちろん家具も満足にないため出費を惜しんで、というのがご本人の言い分で、発覚時に弁償を申し出たもののお店が応じず通報され、前科などに照らして逮捕されるという経過を辿っていますが、ご本人の体調がよくなく、社会復帰できずに天寿を全うすることもあるかもしれません。

こうした事案に対しては、弁護人が不要だと感じる方もおられるようですが、私自身は、国選弁護制度(憲法37条3項後段)の目的は刑事処罰の法的適正に関する担保(審査・確認)であり、そのような理由から、罪に争いがなく示談などが困難な事案などでも弁護士が関与する意義があるものと理解しています。

もちろん、当事者ご本人がそうした法の趣旨・目的を理解しているか、或いは弁護人などに制度を逸脱する無理な要求をしていないかなどということは別問題で、時にはげんなりする思いを余儀なくされながら本人その他の関係者とのコミュニケーションをせざるを得ないこともそれなりにありますが、私がまだ修行が足りないから、そうした機会が訪れるのだろうと前向きに考え、今後もつとめたいと思っています。

演説きたりて弁骨枯る

日本の民事裁判(法廷)は、事案の争点に即した良質な主張書面を提出することが大事で、法廷で長々と自身の主張を述べることは求められていないのですが、民事訴訟法の本来の原則が口頭重視ということもあり、市民運動的なものが絡む事案やメディアの注目度が高い事案では、当事者(主に原告)が意見陳述を求めることがあります。

通常は当事者ご本人が意見を5~10分ほど述べ、実施されるのも第1回期日(と結審時)くらいというのが、普通の弁護士の感覚と思われます。もちろん、ご家族が非業の死を遂げたケースのように当事者に裁判官に思いの丈を伝えたい強いお気持ちがある事案(そのような心情がもっともだと思えるほどの事情のある事案)では、その種のやりとりがなされることは十分に意義があることだと思います。

が、先日結審した某大型事件(当方は被告)では、原告数が非常に多いせいもあるのか、尋問の期日を除き、ほとんど全部の期日、ご本人(期日ごとに毎回交代)と代理人の一方又は双方が意見陳述を求め、結審の際も代理人が5分ほど陳述なさっていました。

毎回、対岸でじっと聞かなければならない身としては、机上の訴訟記録に視線を向けて「皆さん(特に代理人)には他に主張立証や検討すべき事柄があるのでは」と感じる面もないわけではありませんが、演説自体は訴訟の本質・争点に照らした内容の当否はともかく自信と熱意にあふれた威風堂々としたもので、そうした「多くの人を巻き込んで起こす事件」を担当される弁護士さんにとっては、その種のパフォーマンス能力(や当事者のための舞台づくり)も不可欠なのかもしれません。

それらを毎回認める裁判所も相応のお考えがあってのことでしょうし、こんな法廷(指揮)もあるのかと興味深く感じましたが、この種の訴訟を受任したこと自体が初めてということもあり、謙虚な?姿勢を大切に拝見し続けたというのが正直なところです。

結審の少し前、書記官から「被告もご希望ならどうぞ」との連絡を受けたのですが、「依頼主からそこまでの料金を貰っていません」と、丁重にお断りしました。さすがに「タイムチャージ計算で当事務所はじまって以来の大赤字事件なので、そこまでコキ使われるのは嫌です」とは言いませんでしたが。

で、依頼主(ご担当)へのメールで、その話をお伝えすると共に、

「もし私にも演説して欲しいとのことでしたら、お申し出ください(どうせ演説するなら御社トップの方に・・おっと誰か来たようです)」

と軽妙なトークをかましたのですが、ご担当からは、一言、

「演説→不要です」と、簡潔なコメントをいただきました。

負けたら地域の重要産業に大変な混乱が生じますので、責任重大なのですが、来たるべき判決期日では、当方の希望するご判断をいただき「○○功なりて弁骨枯る」と軽口の一つも叩いて我が身を慰めたいものです。

余談ですが、原告代理人の若い先生は、久保利先生のネクタイに対抗するのだろうかと思わずにはいられない真っ青なスーツをお召しになることが多く、拝見する都度、「海が絡む事件だから、それを勝負服にしたのですか」とお尋ねしたい衝動に駆られるのですが、残念ながら今回も聞きそびれてしまいました(さすがに「ブルー卿と呼ばれることはありませんか?」などと聞くことはできないでしょうけど・・)。

その事件では、岩手の平和のため?経済的に報われない悲哀にもめげずに頑張っているところではありますが、そんな背中を誰かにご覧いただいているのか、幸い、今年は過分な報酬をいただける事案(と数年かかった事件の報酬をようやく頂戴した事案)も幾つかあり、どうにか年越しができそうです。

このおうちの変と北奥のボソっと道

本ブログを何度もご覧いただいている方はご存知かと思いますが、私は時折、短歌(狂歌?)や川柳(俳句?)の真似事をするのが現在のささやかな楽しみになっており、奥のほそ道に倣って多少の文章を書いた上で一句(一首)を載せるのを常としています。

といっても、学校の国語の時間以外に短歌や俳句などを勉強したことはもちろんなく完全な自己流なので、その種の教養のある方にとっては見苦しい限りなのかもしれません。

ただ、短歌であれ川柳・俳句であれ、特別な技量や素養のある方々の世界を大切にしつつ、「防人の歌」のように一般大衆が素朴に感じたこと、考えたことを表現したり、そのことにより時代を何らかの形で映し出すような営みが盛んになって良いのではないかと思っており、そうした理由から、敢えて厚顔無恥ぶりを発揮して、今後も気に入ったものが出来上がれば、懲りずに投稿し続けたいと思っています。

今も昔も、功成り名遂げた立派な弁護士さんが回顧録などを出版なさる光景をよく目にしますので、いつの日かそうした方々に対抗?して「北奥のボソっと道」などと題し、ブログで掲載した短歌や川柳を文章を添えて出版してみたい・・などと妄念に囚われないこともありませんが、一笑に付されるだけというのが関の山でしょう。

というわけで、連歌?を気取るわけではありませんが、先日思いついたものを何点か。

家事はいま 私せんたく 妻はネコ 鈴の音で知る このおうちの変

カビ落つる クーラーの風せきとめて

網戸ふき 今年の手相も黒一色

教育の抗弁 こちらに勝ち目なし

今宵また家と事務所の天の川 共にソファで仰ぐ星空

余談ながら、5月に旅先で芸能人の方々が俳句の腕を競い合う「プレバト!!」なる番組を始めて知りましたが、夏井先生の添削シーンを拝見しながら、私はどうしても理屈がちで言葉がほとばしるような作品は作れないので、せいぜい凡人2位止まりだろうと痛感せざるを得ませんでした。

仙台地裁の資料室と無慈悲なアナウンス

先日、当方が1審で勝訴した裁判で相手方が控訴したため仙台高裁で第1回期日があり、出張してきました。

東京時代は、銀座の事務所に勤務しており控訴審=東京高裁への出頭も頻繁にしていましたが、岩手では仙台の往復交通費などが馬鹿にならないこともあり、依頼主に判決等の強い希望がなければ、なるべく1審で決着させたいと考えて進めることも少なくなく、仙台に仕事で赴く頻度はせいぜい半年に1回くらいという感じです。

ともあれ、7月はバーゲンの季節でもありますので、学生時代からバーゲン巡り(買えるかどうかは別問題)をささやかな楽しみにしている身としては、閉廷後、重い事件記録を抱えながら中心部のデパートなどをウロウロ巡った後、ハイライトというべき仙台三越にやってきました。

が、割引品が少なく、どうも様子がおかしい、最近は6月末からバーゲンが始まるそうなので、もう売り切ってしまったのか?と思ったところ、予想外の無慈悲なアナウンスが響き渡りました。

「あたしミツコー。 明日から、みんなお待ちかねの三越クリアランスバーゲンだよー」

そんなわけで、毎度の一句。

炎天下さまよい晩菊ひとつ買う

ちなみに、私の実家では父がたまに晩菊を土産に買ってきたので子供の頃はよく食べていたのですが、私の知る限り盛岡では晩菊が手に入らず、仙台出張の際に駅前など幾つかの商業施設の地下コーナーで時々買っていますが、私以外の家族は漬物を好まず、一人さみしく頂戴しています。

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ところで、今回の仙台出張では、仙台地裁の資料室(図書室)を尋ねることも目的の一つでした。

これは、先日、盛岡地裁の資料室(図書室。岩手弁護士会の会員にも利用が認められています)で探しても見つからなかった本について、仙台地裁ならあるかもと思って尋ねてみたのですが、残念ながら、仙台地裁にも所蔵されていませんでした。

仙台地裁の資料室にお邪魔したのは初めてで、総務課に伺ったところ、基本的に仙台弁護士会の会員にのみ開放しているが、相応の理由があれば許可するということで、ご了解いただき立ち入りました。

さすがに盛岡地裁の資料室よりも蔵書量は多い(ざっと1.5~2倍くらい?)感じでしたが、新しい書籍の充実度はさほどでもないような印象もあり、盛岡のラインナップとも似ている感じもしました。

裁判所で購入する本を誰がどのように決めているかは存じませんが、折角なら、仙台では東北の他の地裁で購入しない本を優先的に揃えるといった営みがあってよいのではと思いました。

が、それ以前に、そもそも岩手弁護士会にそうした書籍を買って欲しいというのが痛切な願いですが、会運営に何の影響力もない末端木っ端会員には、望むべくもありません。

これも田舎の町弁の生きる道

某大企業さんから有り難くお引き受けしている仕事が佳境に入り、土日も雪だるま状態の作業に延々と追われています。

ただ、「本来は争点Aだけ審理すれば足りるのが当社の方針です。それに規定ではこれしか払えません」という依頼主(組織)のせいか、「争点BCDEF(以下略)も審理せよ」と余計な?仕事を増やしたがる相手方のせいか、「BCDなども審理判断する(ので、負けたくなければ必要な主張立証をせよ)」と宣う裁判所のせいかはさておき、結果として、限られた費用で膨大な作業に追われ、負荷ばかりが増大しているような千本ノック的被害感情は否めません。

まあ、社会的意義などに照らし非常にやり甲斐のある事件なので、いつかはいいことがあるさと信じて?低賃金労働(時給計算)にもめげずに頑張ることにしています。

そういえば、その大企業の社長さん(直にお会いしたことはありません)が、昨年に、イクボス宣言なるものをなさったとの報道に接した記憶があります。

この言葉は「部下に無理な労働をさせず自身も私生活を充実させている上司」との意味だそうですが、何度聞いても音の響きが好きになれず、カタカナ嫌いということもあって、兼業主夫婦等支援責任者とでも言えばいいのにと下らないことばかり考えてしまいます。

それはさておき、高邁な理念も、兼業主夫労働にあくせく従事しつつ深夜に事務所に戻って大企業の受注業務にも勤しむ零細事業者のことまでは考慮の対象に含まれていないのかもしれません。そんなわけで、事務所で深夜に独り、あかちょうちん気分で一句。

下請の悲哀はイクボス知らん顔

戯言はさておき、当方に限らず、地方の町弁業界の景気は残念な状態が続き、限られた報酬で山のような作業を余儀なくされる依頼ばかりが増えているのが実情ではないかと思います。

収入面で試練の真っ只中にある業界に身を置きながら土日も深夜に事務所で作業をしていると、イクボス、何とかミクスの賃上げ、ワークライフバランス、プレ金などという言葉は、いずれも大企業(大組織)の人達のためだけのもの、そのしわ寄せを下請労働者が低賃金の長時間労働で担っているのが実情だ、などというニュースのコメントを身につまされるような思いで眺めることもありますが、腐らずに今夜も頑張ろうと思います。

20年前に日本を去った音楽家がNYから戻ってくるとき(某少女漫画から)

10日ほど前に音楽業界で話題になったニュースに関し、私と同世代の日本各地のご家庭(夫婦)で、次のような会話がなされたのではないでしょうか。

妻:NY在住の小沢健二が20年ぶりに新曲を出し日本で活動再開だって。

夫:剣道と模試で全国1位になった生き別れの息子を魔の手から救うために来日したのか。

妻:あたしの漫画を読んでる暇があったら、今すぐテーブルを拭き食器と洗濯物を片付けて風呂を洗って。

何のことか分からなかった方は、「有馬怜司」と検索してみて下さい。私が全巻読んだのも10年以上前のことですが、色々と考えたり感じさせるものがある良質な作品だと思います。

幻の大河ドラマ「紫式部」豪華キャスティング案

今年の大河「おんな城主 直虎」の放送が始まりましたが、第1回の視聴(録画)を逃してしまい、今、土曜の録画を待っているところです。

ただ、恥ずかしながら諸事情により昨年の真田丸も途中から録画の消化ができず20回分くらいが溜まった状態で、先にそちらを片づけねばとの思いもある上、下手をすると、未視聴のまま同居家族から「腹いせによる録画番組の大量殺戮」の被害に遭いかねない恐怖もあり(花燃ゆはそのせいで維新後の回を見ることができませんでした・・)、どうなることやらという状態です。

ところで、今回の主人公は親族にも著名人がいない(井伊直政だけ)点で「花燃ゆ」以上に超マイナーな方ですが、どうせ女性が主役の大河を作るなら、紫式部を主人公にして藤原氏の権力闘争と庶民の困窮などを描きつつ源氏物語も回想的に交えた作品を作ってはどうでしょうと思っているのは、私だけではないと思います。

大河は「歴史を題材にして現代のテーマを描く」ものですが、貴族と庶民の格差社会なら現代に通じるでしょうし、皇位承継(に対する権力の干渉)という難しい論点についても触れることができるかもしれません。

以下、近年のイケメン大河に対抗して「当代の美人女優さん総出演大河」をコンセプトに雑談感覚でキャスティング草案を考えてみましたので、話のタネにしていただければ幸いです(敬称略。絞り切れていない方は、括弧内で次点候補を表示。年末にFB投稿して他の方から頂戴したご意見も参考にしています)。

紫式部   新垣結衣
清少納言  石原さとみ
和泉式部  深田恭子

藤原彰子  橋本環奈
藤原定子  指原莉乃(島崎遥香)

藤原道長  谷原章介(伊勢谷友介)
藤原道隆  古田新太
藤原道兼  北村一輝
藤原兼家  西田敏行
藤原詮子  米倉涼子
藤原倫子  北川景子

花山天皇  市川海老蔵
藤原頼道  神木隆之介
藤原元命  堀江貴文
源高明   木村拓哉(後世の回想)

小野小町  佐々木希
藤壺    桐谷美玲
紫の上   武井咲
光源氏   滝沢秀明(松田翔太)

まあ、この時代の天皇家と摂関家とのあまりの近親婚ぶりの酷さ(現代人の感覚との乖離の激しさ)などから、よほど脚色等をしないとドラマ化は難しいのかもしれませんが・・

北風~他業界にも吹き荒れますように?~そして、フェアユースの本質としての多様性と尊厳

ここしばらく多忙等を理由にブログの更新ができず、ご無沙汰しております。おかげさまで、今年も超低空飛行ながら何とか年を越すことができそうです。

今日も今日とて兼業主夫業に負われる日々のため深夜に事務所に帰り寝袋で朝まで寝てしまうことも珍しくないのですが、午前4時前後に自宅に戻る日もあり、この時期は深夜に降り積もった雪が月明かりや道端の光で誰もいない街を明るく照らす光景を目にすることもあります。

そんなときは槇原敬之氏の「北風~君にとどきますように~」の歌詞が思い浮かんだりもしますが、「誰のせいでこんなに遅くまで仕事してるんだ」などと色気のない八つ当たり根性に囚われているせいか、毎度ながら自虐替え歌の歌詞ばかりが涌いて出てくる有様です。

まあ、おかげさまで当事務所もどうにか年越しだけはできそうですし、我が業界も今は混迷の真っ只中ですが、もうしばらくすれば多少は落ち着くのではと期待したいところですので、あまり愚痴っぽいことばかり書くのもどうかとは思います。

ともあれ、来年も、当事務所にとっても依頼主の方々にとっても、

もう裁判はしないなんて 言わないよ絶対~♪

といった感じで問題解決のため訴訟制度など(弁護士の活用)を前向きに考えていただけるよう、研鑽に努めていきたいと思います。

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いま君がこの雪に気付いてないなら
人並みに眠れて恨めしい 心から思った

深夜のカップ麺じゃ 根気も続かないような夜
事務所のソファの寝袋で 恵まれた過去なつかしむよ
今は滅入る話ばかりで 思い当たるのは
北緯40度の岩手には東京にいない貧乏神

昔よりひどく売上落ちてる
帳簿をそっと開けて僕は言葉なくす

北風が吹きすさぶ 町弁業界
毎晩文書作るのに 収入は凍えている
いま君がこの光景に覚悟がないなら
弁護士目指すのやめとけ 心から思った

どれだけたくさん仕事に 囲まれていても
なぜか働いてないような額しか預金が増えなくて
だから無理に首を縦に振っていたけれど
きっと同業者みんな 「おかしいだろ、これ」と言いたいはず

事務所を開いたその時から
法律の意味さえ 変わってしまう?

贅沢や出費がかさむ 話題のたびに
かっこ悪いくらい 何も話せなくなるよ
明日もし 飲みに行こうと誘いが来たなら
小さく「無理」だと言っても 君に聞こえない

北風で書類の山も雪に沈む
出番なく錆びついた 企業法務 忘れていく
いま君がこの業界に夢を見てるなら
誰より早く教えたい 心から思った

北風が深夜の街を白く包む
歩車道は雪原となり 孤独な帰路を癒やしている
明け方に この雪が積もったままなら
起きるの無理だと言っても 君に聞こえない

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ところで、替え歌は元ネタの作詞者の方の著作権(著作者人格権、著作財産権)との抵触の問題があり、我が国の法制ではいわゆるフェアユース規定が設けられていないため、替え歌の公表などは、現時点では違法とされてもやむを得ないと説明する業界人の方も少なくありません(というか、たぶんそれが主流なのだと思います。著作権に関する実務に関わる機会に恵まれませんので勉強しておらず、何となくですが)。

この点(違法性ないし損害の有無)は、以前に他の方の替え歌を載せたときにも書きましたが、基本的に原著作権者(作詞者等)の合理的意思解釈の問題だと思っており、利用(公表)の内容や態様が、作詞者側の収益等に関する正当な期待を害するか、作詞者の制作者(創造者)としての尊厳(同一性保持権)に照らして合理的意思(許容認識)の範囲内と言えるかを、諸般の事情をもとに総合的に判断すべきことだと考えています。

ただ、替え歌に関してしばしば伝えられる「風刺の文化」(原著作物の風刺というより社会風刺の手段として、人口に膾炙した存在たる人気楽曲の歌詞を拝借し、自分なりの創造を加えて何らかのメッセージを相当な態様で伝えようとする行為)については、原著作権者の狭義の意思だけで説明し尽くせない公的な要素も視野に入れるべきではないかと思われ、それは、「人の知的創造という営みに敬意を表し尊重・保護する」ものとしての著作権の本質に内在する事柄(原著作物の内在的制約?)ではないかと考えます。

思いつきレベルですし上手く整理できていませんが、良質な知的創造物ほど、原型(元ネタ)の創造者に敬意を払いつつ様々な他者の手で良質なアレンジを施して新たな息吹(メッセージ性の幅の広がり)を与えられるべき性質を内在しており、そうした観点から「フェアユース」としての替え歌のあり方を考えてもよいのではないでしょうか。

私自身は、申すまでもなく「戯言として作ったものを折角なので誰かに聞いて欲しいから」という程度の動機で載せているに過ぎませんが(商業的利用どころか「こんな変なものを載せる弁護士はヤバそうだから仕事は頼みたくない」などと仰る方もそれなりにいそうでビクビクしており、匿名ブログを別に作って載せるべきかもしれませんが、そんな技術も余力もありません)、良質な具体例が社会内で多く示されていけば、フェアユース法制を巡る議論も深まるでしょうから、そうした観点も交えつつ「作詞者に敬意を示しながら替え歌(を通じた社会風刺)を健全に楽しむ文化」が形成されてくれればと願わないでもありません。

優雅なお友達と冷たい裁判官

「妖怪ウォッチ」(TV番組)の現在の主題歌は、You got a(ゆーがら)お友達~♪ のフレーズを繰り返す曲になっているのですが、深夜の事務所で書類仕事に明け暮れながらfacebookで多くの「友達」の方々の投稿を拝見していると、毎度ながら自虐替え歌ばかり浮かんできてしまいます。

優雅なお友達  優雅なお友達
僕以外は あなたも 彼も 彼女も あの人も
優雅なお友達  当方は終わらない
優雅なお友達  今夜も泊まり込み!

まあ、人の芝生を見て我が身を嘆く暇があったら仕事せいや、ということに尽きるかとは思いますが・・

弁護士業界に限らず、我国も米国の後を追うように格差社会が深まる一方ですので、時代に置き去りにされたと感じる人々の琴線に触れる巧みな暴言とマーケティング技術で社会に君臨せんとする御仁も程なく登場するのでしょうが、真贋を見極める目を養いつつ、どんな状況でも笑いに変換できる心の余裕を持ち続けたいものです。

最近の岩手の若い弁護士さんは、昔はさほどおられなかった東北大卒の方が多いのだそうで、かつては「学歴は無関係」などと称された田舎の町弁業界も、今や学歴ヒエラルキーに呑み込まれつつあると思わないでもありませんが、

あたし中大卒やからね スジのいい 仕事もらわれへんのやと書いた

などと腐ることのないよう、悩ましい事件にも感謝の心を忘れず、絶えず研鑽を積んでいこうと思います。

ファイト! 冷たい裁判官に ふるえながらのぼってゆけ~♪

【追記1】

この投稿をした後、もしかして同じことを考えた人がいるかもと思い「優雅なお友達」と検索してみたところ、沢山の同種投稿を発見しました。同類がいたと喜ぶべきか、希少価値のない投稿だったと悲しむべきか、どちらでしょうか・・

【追記2】

結局、今夜も深夜残業になったので、余勢を駆って全面的に作ってみました。ただ、「ようかい体操」のように内部で削除命令を受けるかもしれませんが・・

優雅なお友達 優雅なお友達
僕以外は あなたも 彼も 彼女も あの人も

優雅なお友達 優雅なお友達

大切なのは 分かり合うことで
書き散らすことではない

友達の輪 ネットで繋がるだけの絆
写真載せるならスシ たまには自慢しよう

笑い方忘れてるなら 自虐ネタ 書くよ
勝ち方を知らないなら 実務おしえるよ

投稿に付く「いいね」の数は 自分のサイズがちょうどいい
見上げても 見下ろしても キリがなく
心がギクシャクするだけだから

優雅なお友達 優雅なお友達
僕以外は あなたも 彼も 彼女も あの人も

仕事が終わらない 今夜も泊まり込み!

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ロータリアンとランパス兄さん

少し前の週の金曜日のことですが、11時半の法廷のあと一人で昼食をとることになり、無性に蕎麦が食べたくなったのですが、昨年頃から盛岡でも頻繁に出回るようになった「ランチパスポート」に骨の髄まで依存しているため、市街地で蕎麦が対象となっている数少ない店舗の一つである川徳デパートの「北の蕎麦屋」さんに向かいました。

人気店のせいか行列状態で待っていると、同業のH先生がエスタブリッシュな雰囲気で颯爽と横切っていったので、ああそうかと、隣(ロイヤルホール)で盛岡ロータリークラブの例会が行われることに気づきました。

その瞬間、「面識のある会員の方に見つかったらやだな~」と、北の蕎麦屋を諦めて、並ばずに済む他店に移動することも考えましたが、蕎麦が食べたいとの欲求に勝てず、そのままお店の前で座って待っていました。やはりというか、目の前には、盛岡経済界を代表していそうな顔立ちの紳士の方々が、次々と現れては談笑しながら隣に吸い込まれていくのが見えました。

そうした光景を横目にランパス亡者道を突き進む我が身(ちなみに、その週の利用は4回目)を顧みると、彼我の身分差を感じて悲しくならないでもありませんでしたが、さすがにお店では20分も待った甲斐があり、500円で十二分に美味しくいただきました。

お店前の椅子では存じている方に見つからないようにコソコソ隠れていたつもりでしたが、お世話になっている税理士のS先生に「見ぃつけた!」と言わんばかりの屈託のない笑顔で声を掛けていただきました。残念ながら私が「今日は見なかったことにして下さい」と目力一杯に訴えていたのは伝わらなかったようです。

私も某RCの端くれ会員として水曜には分不相応の食事をいただいていますので、例会だと気づいた瞬間にお店の順番の書き込みを削除し、盛岡RCに4倍のお金(2000円)を払って例会に飛び入り参加(メーキャップ)しようと気軽に決意できる身分になりたいものですが、筋金入りの貧乏性体質のため、その日を迎える前に寿命に追いつかれてしまいそうです。