北奥法律事務所

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夫婦・男女・親子関係

不貞行為の相手方の慰謝料

前回(不貞行為を巡る問題)の続きです。

配偶者が第三者と性的な関係(不貞行為)を持った場合、原則として不貞の相手方は、他方配偶者(被害配偶者)に対し慰謝料支払義務を負うことが、実務上認められています。

例外として、①関係を持ったのが夫婦関係の破綻後である場合、②関係を持った相手(加害配偶者)が婚姻中であったことを知らず、かつ知らなかったことに過失がない場合には、慰謝料支払義務を負わないと考えられています(①は違法性ないし利益侵害がなく、②は故意過失がないので、それぞれ不法行為責任の要件を満たさないため)。

「破綻」と言えるかは、前回述べたとおり、相当長期間の別居などある程度限られた事実関係がないと裁判所は認定に慎重だと思われます。

ただ、破綻とまでは言えなくとも、過去の不貞などにより夫婦関係が相当に形骸化していた場合などは、慰謝料も抑制的になる可能性があります。

特に、加害配偶者の過去の不貞で被害配偶者が相当な慰謝料を回収した後、さらに加害配偶者が再度の不貞に及んだという場合には、再度の不貞に高額な慰謝料を認める(さらに、それが繰り返される)のは、社会通念上、相当に疑義があるところです(一種の金儲けになりかねません)。そうした特殊事情があるケースで、慰謝料を抑制した裁判例があり、私自身、それに類する例を取り扱ったことがあります。

加害配偶者と不貞相手がそれぞれ被害配偶者に負担する慰謝料等の賠償義務は、原則として連帯債務(不真正連帯債務)とするのが現在の裁判所の主流です。そのため、例えば、夫Y1の不倫を理由に妻Xが夫と不倫相手Y2に慰謝料請求する場合、「Y1は300万円、Y2は200万円の慰謝料義務。但し、200万円の範囲で両名は連帯債務」という趣旨の判決をするのが一般的と言えます(もちろん、金額の算定は事案次第)。

この場合に、Y2がXに200万円を支払った場合、Y2はY1に対し「200万円の一部は、貴方が負担すべきなのだから、私に払いなさい」と請求(求償)することが考えられます。この場合、双方の関係の内容(帰責性の程度など)により求償の金額が定められることになり、例えば、終始、対等な関係であったなら50%ずつとか、Y1の方が積極的に持ちかけてY2がやむなく応じたような場合であればY1の方が負担割合が大きいなどといった判断があり得ると思われます。

ただ、この点に関しては、上記の「現在の実務の主流派」とは別に、「不貞相手の慰謝料義務を、加害配偶者との連帯責任とはせず、金額も抑制的に算定する立場」もあります。上記の例で言えば、夫Y1はXに250万円、Y2は50万円の債務に止めるとか、Y1だけは50万円の範囲でY2と連帯責任とする(Y1に対する認容額は300万円とする)という判決がなされることがあります。

この点は、学説上の対立があり、裁判所の考え方も統一されていないようですが、私が以前に調べた範囲では、伝統的には連帯責任(冒頭のパターン)とする方が主流派で、個別責任(少額賠償)は少数派ではないかと感じます。

ただ、この点も、事案によりけりという面があり、例えば、配偶者男性が知人女性と強姦まがいのように関係を持ち、その後も男性側が支配的、抑圧的な態度で女性と関係を続け、女性はそれにあらがうことが困難だった、というようなケースであれば、主流派の立場でも、妻がその女性に請求しうる慰謝料を相当に抑制する(場合によってはゼロ又はほとんど認めない)ということになるはずです(当然、そのような裁判例があります)。

不貞行為を理由とする離婚や慰謝料については、被害側・加害側いずれの立場からも多数のご相談・ご依頼を受けてきましたが、とりわけ震災から1、2年ほどは、不思議なほどこの種の事件のご依頼が多くありました(私だけではなかったようで、ネットでも弁護士の方の同種の発言を見かけたことがあります)。

当時、「震災で家族の絆が深まった」などと美談的な報道をよく見かけたような気もするのですが、良くも悪くも、震災を機に「自分の気持ち(或いは欲望?)に正直に生きたい」という人が増えているのかと思ったりしたものです。また、震災は、いわゆる高利金融問題の収束(高金利貸付の廃止=18%化の定着期)とほぼ重なっており、高金利で苦しめられることのない社会の到来と共に、そうした出来事が新たに増えてくるのだろうかと思わないでもありませんでした。

最近は、「夫からのハラスメント(嫌がらせ的な対応)」を理由とする(主張する)案件が増えていて、不貞を理由とするものと半々といった印象があります。

男女系の紛争に携わる弁護士としては、基本となる事実関係(離婚や慰謝料の評価の核となる事実関係)については、なるべく争いのない状態にしていただき、周縁的な事情にはあまりこだわらず、法的な主張をしっかり行って、法的な判断(弁護士のアドバイス又は裁判所の勧告等)を踏まえて、大人としての賢明な対応を、関係者それぞれにとっていただければと思っています。

不貞行為と離婚及び慰謝料について

離婚に関する紛争で弁護士が関わるものとして最も多い類型(離婚原因)は、不貞行為(不倫)が絡むものではないかと思われます。

不貞の有無は、時に争われることもありますので、その点について慎重を期したい方は、交際の状況を調査して証拠化(尾行写真や報告書)することが望ましいと言えますが、ご自身で行うのは難儀でしょうし、探偵に依頼すると非常に高額な費用を要しますので、この点(立証準備)をどこまでやるかは、常に悩ましさが伴います。

探偵費用については、私が依頼者の方から伺った話では、調査期間が長期に及んで三ケタ(100万円以上)になったという例もありますが、それを相手方(配偶者や不貞相手)に請求できるかという問題がありますので、非常に高額な費用を用いることには慎重な姿勢が求められるのではないかと思われます。

ちなみに、「探偵に配偶者の不倫調査を依頼したところ、その探偵から、不倫相手に慰謝料請求を行うことまで持ちかけられ、これに応じたところ、探偵が不倫相手に不相当に高額な慰謝料を要求し、それが原因で事態が紛糾した例」に接したことがあります。

今はあまり聞かなくなりましたが、かつては、探偵が不倫相手を脅して一般相場を大きく上回る高額な慰謝料を支払わせ、自身も高額な報酬を得ようとする例が報道されたことがあり(「別れさせ屋」などと呼ばれています)、弁護士法72条違反等はもちろん、事案によっては、配偶者自身が、恐喝その他の共犯という扱いにされかねませんので、「調査」以上のことを探偵に求めることのないよう、ご注意いただきたいものです(仮に、そのようなことを提案された場合、それだけで違法行為に手を染めている業者である疑いがあると考えた方がよいと思います)。

不貞行為に関しては、発覚時などに念書を提出させる例もよく見かけます。その際には、具体的な時期、頻度、当事者の特定情報(氏名、住所等)はもちろん、交際の詳細、不貞の場所など、なるべく事実関係の詳細な記載を求める(場合により、後日に裏付け調査ができる程度に事実の特定を求める)のが賢明かもしれません。

ご夫婦が破綻状態にある場合には、その後に異性と性的関係を持っても「違法な不貞行為」とは見なされず、賠償責任の対象にならず、この点が訴訟の争点となることはしばしば見られます。

ただ、破綻というためには、長期の別居など、ある程度の客観的な事実が必要で、「仲が悪かったが同居はしていた(家庭内別居)」というのでは、裁判所は破綻性の認定には消極的です。

余談ですが、何年も前、ある相談会の担当日に「夫が、行きつけの飲み屋の女性と懇意になった」と相談されてきた同世代のご婦人がいて、配偶者のお名前を伺ったところ、少し前に、ある機会に知り合った方だったということが判明し、仰天したことがあります。

その際は、配偶者の方とまたお会いする可能性が相当にあったので、相手方の立場での受任は差し控えさせていただきましたが、とても感じのよい奥様で、ご主人も基本的には立派な方と認識していましたので、このような方を悲しませるのはけしからんということで、この種の問題に熱心に取り組むであろう何人かの先生のお名前をお伝えして、私からは終了とさせていただきました(結局、その後、ご主人ともお会いする機会がなく、ご夫婦がどうなかったのか全くわかりません)。

現在のところ、面識のある方について、この種のご相談に接したのは、後にも先にもこの一度だけですが、知り合いの方でこのようなご相談を受けると、心底滅入ってしまいますので(とりわけ男女系の紛争は、相談を受ける側も、色々な割り切りをしないと気持ちが持たない面があります)、二度となければというのが正直なところです。

次回は、不貞行為の相手方の慰謝料について、少し補足して書いてみたいと思います。

離婚訴訟における慰謝料

ご夫婦の一方又は他方が離婚を希望するものの自主的な協議で合意できない場合、最初は家裁に離婚の調停を申請しなければならず、調停の場でも協議が決裂する場合には、一方(離婚を希望する側)が他方(希望しない側)に対し訴訟提起し、裁判所の判断を求めなければなりません。

この点、不貞や暴力行為等(典型的な帰責事由)があれば、慰謝料の請求が含まれるのが通常であり、事実関係の骨子に争いがない又は十分な立証がなされた(と裁判官が判断した)場合には、相当額の慰謝料が認められることになります。

金額については、帰責事由の内容・程度や夫婦関係の程度(同居期間=実質的・良好な夫婦関係の期間が長いほど金額が高くなりやすいとされています)など諸般の事情を総合的に考慮しますが、300万円くらいが中央値(最も多い)と思われます。なお、私が代理人として関わった範囲では、不貞行為が認定されている事件で判決が命じた離婚慰謝料は、最高額が500万円、最低額が150万円との記憶です。

ただ、私が取り扱ったものでも、これを大幅に上回る金額で和解した(相手方から支払を受けた)こともありますので、交通事故の慰謝料などと異なり、予測がつきにくい面が大きいと言えます。

なお、上記の事案は、判決ではなく和解であった上、養育費の変動要素を考慮して加算したという面もあり、特殊性の強い例というべきかもしれません。交通事故など一般の不法行為との最大の違いとして、夫婦の生活水準の程度を考慮すべきとの見解もあり、これを重視すれば、裕福なご夫婦ほど慰謝料が高額になりやすいことになりますが、個人的にはこれを強調することには些か疑問を感じます。

ところで、不貞や暴力行為等のような典型的な帰責事由がない場合でも慰謝料が認められる場合があります。例えば、酒癖が悪く酔って配偶者に面倒をかけることが多々あった場合に、典型事由ほどではないものの、一定の金額(例えば、50万円~100万円程度)の慰謝料が認められる例があります。

暴力行為(傷害を負わせる行為)には至らなくとも、暴言等を含め、家庭の雰囲気を非常に悪化させる不当行為であると社会通念上評価されるようなものがあれば、一定額の慰謝料を認めることがありますので、そのような事案で請求を希望される場合には、証拠の保全等を考えていただいた方が良いのかもしれません。

先日、「肉体関係(狭義ないし厳密な意味での不貞行為)がなくとも、精神的には情を通わせた関係にあった(それにより家庭ないし配偶者を蔑ろにしていた)として、一定額(肉体関係がある場合よりも低額)の慰謝料を命じた例」の報道がありましたが、「典型的帰責事由に準ずる信頼関係破壊行為」という点で、類似する面があるのかもしれません。

私見としては、過去数十年の日本社会の主流派とされてきた「夫の収入で家計を営み、妻が専業主婦としてこれを全面的、献身的に支えてきた夫婦」では、離婚により妻が直面する境遇に厳しいものがある(再就職や再婚などの困難さをはじめとする社会の冷遇等)ことから、高額な離婚慰謝料が認められてしかるべきだと思いますが、今後、そうした社会の仕組みが変動し離婚後も再就職・再婚等にさほどのハンディがないと言えるようになれば、この点は変容していくかもしれないと感じています。

ただ、その場合でも、育児が伴う場合で監護者(親権者)の収入が高くなく、かつ裁判所が算定する養育費も高いとは言えないケース(夫側の収入も低いなど)であれば、僅かな原資で単独で育児を担う苦労を慰謝料算定において斟酌すべきではないかとも思われます。

なお、相手方配偶者が不倫に及んだ場合に他方配偶者(被害配偶者)が相手方配偶者(加害配偶者)に詰めより、一般的な相場観(社会通念)とかけ離れた額の金額を支払わせる旨の念書を作成する例があります。

しかし、かかる事例(妻の不倫で夫が妻に2000万円の念書を書かせた)で、念書を無効(夫の請求を棄却)した判決仙台地判H21.2.26判タ1312-288)があり、そのような行為については無効とされるリスクが濃厚です。

当事者間の合意がすべて無効とされるわけではありませんが、離婚に限らず、社会通念からかけ離れた利益を得ようとすれば、結果的に通常得られる程度の利益も得られないリスクが生じることは、十分に認識しておくべきだと思います。

若い夫婦が実家から受けた資金援助と離婚後の行方

若いご夫婦が新居を取得する際、ご自身が借入可能なローンだけでは全額を賄うことが困難であるとして、ご両親などから資金提供を受けることがあります。

例えば、住宅ローンの主たる担い手である夫の収入が十分でない場合に、妻の実家が援助するというようなケースなら、世間にも幾らでもありそうです。

では、このご夫婦が後年になって離婚を余儀なくされた場合に、資金提供をしたご両親が、提供を受けた側に「一生、添い遂げると誓ったからお金を援助してやったのに、その約束を破ったのだから、お金を返せ」と求めることはできるでしょうか。

実は、この点が争点になった離婚訴訟に以前、携わったのですが、その事案では、返せとは言えない(貸金ではなくて贈与と認定し、財産分与の中で考慮する)との判断が裁判所から示されています。

この件では、ご実家が提供した金額は非常に大きな額であったことや、自宅に関する財産分与の中で資金援助の額が十分に反映されない(実際に提供した金額の数分の1程度しか考慮されない)面があったことなどから、貸金と認定する余地も十分あるのではと思ったのですが、複数の裁判官から贈与の心証が示されており、そういうものだと受け止めるほかなかったようです。

ちなみに、文献によれば「資金提供が贈与と貸金のどちらと認定されるか」という問題を裁判所が判断する際は、提供者と受領者の双方の社会的地位や職業、相互の関係、金額の多寡、授受の理由や経緯、返還請求等(返還を前提とした双方の行動)の有無などを総合的に判断するとされており、相手方を援助する(当該金員を贈与する)納得できる動機や目的がなければ、贈与と認定することはできないとされています(加藤新太郎編「民事事実認定と立証活動・第2巻」286~287頁)。

ただ、上記のように「住宅ローンのための実家からの資金提供」という問題に関しては、実際にその点が争われた裁判に従事した立場から言えば、よほどの事情がない限り、贈与と扱われる可能性が高いことは否定し難いのではと感じました。

そうした意味では、お子さんご夫婦の「万が一」に不安をお持ちの方であれば、そのような状況に直面された際には、一筆求めておくのが賢明なのかもしれません。

DV防止法のH25改正に基づく活用(同居中の交際相手からのDV)について

判例タイムズ№1395号に、DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)の平成25年改正に基づく保護命令手続の運用に関する解説記事が掲載されていました。

改正法で、これまでは保護の対象にならなかった「生活の本拠を共にする交際相手からの暴力」に対する保護を含むことになりました。

記事では改正法に基づき被害者が裁判所に対し、加害者に住居からの退去や接近禁止を求めるための申立書の書式等を掲載しています。

保護命令の申立は自治体の相談窓口で支援業務を行っているため、弁護士に依頼せずにご自身で申し立てる方が少なくないようで、私に関しては、これまで代理人としての申立経験はありません。

これまで関わった例としては、申立を受けた方が後日に申立人から別件訴訟を提起された件や接近禁止命令に反して子に会いに行って逮捕された方の刑事事件などがあり、前者については、暴力を行っていないと主張している相手方(被申立人)の立場で、保護命令を争うべきか法的論点を検討したことがありました。

この論文も、申立を受任する場合はもちろん、改正法で対象となった事件について申立代理人以外の立場で検討する機会にも参照価値がありそうです。

少し前に、被災地ではストレスが昂じてDVに及ぶ例が増加しているという話を聞いたことがあり、今後も出番が増えてくる法律であることは確かだと思います。

 

子を虐待した親が、その子の死亡で巨額賠償を得た判決と立法論

子Aが、両親Xらに虐待されている疑いがあるとして、Aの入院先の病院Y1の通告により、一時保護のため児童相談所に入所した後、児相職員のミスでアレルギー物質を含む食べ物を口にした直後に死亡した場合に、両親が児相を運営する市Y2にXの損害等として数千万円の賠償請求を認めた裁判例を少し勉強しました。
横浜地裁平成24年10月30日判決・判タ1388-139です(Y2市が控訴中とのこと)。

事案と判決の概要は次のとおり。

X1・X2の子であり当時3歳のAは、H18.6当時、Y1(独法・国立成育医療研究センター)が開設する病院に入通院して治療を受けていた。

Y1は、XらがAに適切な栄養を与えておらず必要な治療等を受けさせていない(いわゆるネグレクト)として、Y2(横浜市)が設置する児童相談所(以下「児相」)に対し、児童福…祉法25条に基づく通告をした。

児相の長は、7月にAを一時保護する決定(同法33条)をした。
Aは、卵アレルギーを有していたが、保護先の児相職員が約3週間後、Aに対し誤って卵を含むチクワを食べさせてしまい、Aはその日に死亡した。

XらはY1に対し、自分達は虐待していないのにY1が虚偽の通告をしたとして、慰謝料等各275万円を請求した。

また、Xらは、Y2に対し、①本件一時保護決定等が違法であり、Aに面会等させなかったことを理由に慰謝料各150万円、②Aの死亡に関し、死亡の原因が卵アレルギーによるアナフィラキシーショックによるもので、チクワを食べさせた児相職員に過失があるとして、Aの損害約6400万円の相続及びXら固有の慰謝料各500万円などの支払を請求した。

Yらは、Xらに虐待行為があったので、Y1のY2への通告やY1の一時保護等は適法と主張し、Aの死亡についても、アナフィラキシーショックではない他の原因によるものとして、因果関係を争った。

判決は、XらのY2に対する請求は計5000万円強(1人2500万円強)を認容し、Xらの対Y1請求は棄却した。

まず、Y1のY2への通告(が違法か)については、XらがAに必要な栄養を与えておらず、Aにくる病(栄養不足等による乳幼児の骨格異常)を発症させ、適切な時期に必要な治療等を受けさせていなかったと認定し、通告は必要かつ合理的で適法とし、対Y1請求を棄却。

次に、Y2の一時保護決定等についても、上記事実関係やY1の医師がAの検査等をしようとしてもXらが同意せず治療等をさせなかったとして、同様に適法とした。

他方、Aの死亡(卵入りチクワの提供)については、本件では、摂取から発症・死亡までの時間が通常よりも多少の開きがあるが、発症までの時間はアレルギー物質が吸収される時点によっても異なり、本件では吸収が相当程度遅くなった可能性があるとして、Aの死因が当該チクワの摂取によるアナフィラキシーショックによるもので、Y2職員の過失も認められるとして、Y2にXへの賠償責任があるとした。

損害額については、近親者慰謝料(Xら各200万円)を含め、上記の金額の限度で賠償を認めた。

判例タイムズの解説には、一時保護決定に関する議論や学校給食でアレルギー物質を含む食事を採った子が死亡した事案などが紹介されています。

が、反面、「虐待親が、虐待に起因して行われた児童相談所への一時保護の際に生じた事故に基づく賠償金を自ら取得することの当否」については、何ら触れられていません。この裁判の中でも、権利濫用等の主張はなされていないようです。

Xらの相続権について考えてみましたが、ざっと関連条文を見た限りでは、Xら自身がAを殺害したわけでないので、相続欠格事由(民法891①等)にはあたらないと思われます。また、被相続人(A)を相続人(Xら)が虐待した場合には、相続人から廃除することができますが(民892条)、その申立は、被相続人(A)のみができるとされ、本件のような場合にはおよそ実効性がありません。

また、Xらの請求を権利濫用と評価する余地があったとしても、Y2の過失そのものは否定しがたく、これを理由にY2の責任を否定するというのも疑問です(Xらも悪いがY2職員も過失があり、前者を理由に後者を免責すべきではありません)。但し、本件ではY2が死亡原因が他にあるとして因果関係を争っており、それが認められれば、賠償額は大幅に減額されますが。

このように考えると、「自ら悪質な虐待行為をしてAの死亡の遠因を作った本件Xらが、Aの死亡で巨額の賠償金を手にするのは不当だから阻止すべき」という価値判断を実現するには、「親の虐待に起因して子が死亡した場合には、公的機関の請求により、親の相続権を制限できる」といった法律を制定するないのではないかと思われますが、どうなのでしょう。

ちなみに、虐待親の親権を制限する趣旨の法改正が昨年に行われていますが、親権の制限は相続権の剥奪とは関係がないと思われ(相続権にまで手をつけた改正にはなっていないのではないかと思われます)、本件のような例でその改正を活かすことも難しいのではと思われます(但し、24年改正はまだ不勉強なので、そうでないとの話がありましたら、ご教示いただければ幸いです)。

なお、虐待親が自ら子を殺害したのに等しい場合は、全部の相続権を剥奪すべきでしょうが、そこまでに至らない場合や親側にも酌むべき事情がある場合には、全部廃除でなく部分的には相続権を認めてもよいのではと思われ、そうした判断は、家裁の審判に向いていると考えます。

また、虐待親の相続権を制限した場合に、回収された賠償金は、同種事故の防止や虐待児の福祉など使途を特定した基金とすれば良いのではないかと考えます。

もちろん、このような考え方自体が、財産権に対する重大な制約だとして反対する立場の方も、我が業界には相応におられるかもしれませんが。

我ながら価値判断ありきのことを書いている気もしますので、あくまで議論の叩き台になっていただければ十分ですが、お気の毒なお子さんの犠牲を粗末に扱わないためにも、こうした事件から、現行法や実務のあり方などに関心や議論が深まればよいのではないかと思っています。

H26.2.12追記

この件の控訴審は、Aの死因がアナフィラキシーショックによるものと断定できず、Y2が主張する他の死因(右心室に繊維化した異常部位が混在していることに起因する致死的不整脈による突然死)の可能性も否定できないので、本件食物の摂取とAの死亡との間に相当因果関係を認めることができないとして、Y2に対する認容判決を取り消し、Xを全面敗訴させています(判例時報2204号)。

離婚に伴う退職金の分与と分割について

給与所得者の方の離婚事件では、退職金の財産分与が論点となることが珍しくありません。

この場合、退職が間近の方であれば、退職金の予定額を確認し、中間利息を控除した額の半分(原則)を配偶者に分与することになります。

これに対し、退職まで相当の年数のある方であれば、現時点で自己都合退職した場合の金額を算出し、その半分(原則)を分与すべきというのが一般的な取扱です。

退職まで非常に多くの年数があり、定年退職時に勤務先が確実に退職金を支給すると言えるか不確定要素が大きい場合(企業の存続などを含め)には、退職金の財産分与を認めるか争いがあります。退職金の財産分与の可否が争点となった事件を取り扱ったことがありますが、裁判所の相場観もまだ確立していないように思われます。

この点、年金については分割制度が法律で確立されましたが、かつては年金の財産分与についても、これと似たような争いがありました。

結論として、裁判所の判断で退職金の支払義務が認められたものの、一括払をする原資を持ち合わせていない方で、支払の実施をどのようにするか問題になりました。

このように、離婚時の一括払型だと、支払う側には債務額をどのようにして調達するかという問題が、受け取る方には自己都合退職など低い計算方法で支払額が定められてしまうという問題があるため、これが常に正しい方法とは言い難い面があるように思われます。

深く検討した上での提案ではありませんが、個人的には、退職金についても、年金と同様に、退職時に分割して離婚した配偶者に対象額(総額のうち婚姻期間に該当する額につき原則として半額相当)を直接に支払う制度を設けてもよいのではと考えます。

仮に、退職者に問題行動があって退職金の全部又は一部の支払が拒否される場合にも、配偶者に帰責事由がないのであれば、配偶者の按分額については、原則として全部ないしそれに準ずる額を支払うことにすれば、その後の不正行為で離婚配偶者も退職金の受け取りができなくなるという問題は回避できます。

ただ、勤務先にとって見れば、巨額横領など退職金の全部不支給をしなければならない事案で、過去にその従業員と離婚した配偶者に一定額を支給しなければならないというのは、不満が生じるかもしれません。

その点は、保険などで賄う(その上で、保険会社がその部分について従業員に求償する)という仕組みなどが考えられますが、従業員夫婦の関係次第で退職金に関する事務が影響を受けるというのは企業側にとって抵抗が残るでしょうから、その点は大きな障壁となるとは思います。

もちろん、当事者が、すぐに調達できたり、多少の減額を容認してでも直ちに受け取りたいと希望する場合には、現在のスタイルで問題ないのでしょうが、当事者がいずれかを選択できるような仕組みはあってよいのではと考えます。

産院の取り違えから兄を救った弟と、兄を排除し損なった弟

本日、産院の取り違えに関し、取り違えられ肉親ではない女性に不遇な環境で育てられた子が産院を訴えて、3800万円の賠償が認められた判決のニュースが流れていました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131126-00000147-jij-soci

ニュースによれば、被害者Aさんの実の弟達3人が産院でAさんが取り違えられたことを突き止めたとあり、文脈からすれば、Aさんではなく弟さん達の方が、Aさんを兄として発見し、迎えるために動いていたように思われます。

Aさんの実の両親は既に亡くなられているとのことで、両親の遺産分割をこの4兄弟がどうなさるのか(やり直すのか等)、興味深いところですが、弟さん達は、そうしたリスクも承知の上で、Aさんと「そして兄弟になる」道を選んだと理解すべきなのかもしれません。

ところで、数日前、「産院の取り違えが生じた事件で、別の両親と50年以上、良好な関係を築いたBさんが、戸籍上の弟達と不和になり、弟達が、Bさんは実の兄(両親の子)ではないと主張しDNA鑑定で立証し遺産分割から排除しようとしたが、裁判所がその主張を権利濫用だとして排斥し、Bさんの相続権を認めた例」を勉強しました。

詳しくは、こちらの投稿(「取り違えから50年後に『そして親子になった』事件」)をご覧いただければ幸いです。
http://www.hokuolaw.com/2013/11/21/産院取り違えから50年後に「そして親子になった」/

何十年も経て取り違えが判明したという点では共通しているのに、一方は、弟の尽力で兄弟が円満に絆を取り戻し、他方は兄弟(血のつながりの有無はさておき)の諍いの果てに、血縁の不存在を利用して兄を相続から排除しようとした弟が退けられ、結果として、Bさんと育ての親という血の繋がらない者同士が特殊な形で親子として法的にも認められたという点で、全く逆の帰結を辿っているように見えます。

産院の罪深さはいずれも同じですが、その後どのような人間関係が形作られていくかについては、人の数だけ物語が異なってるというべきなのかもしれません。

●追記(11/27)

この日の報道番組で、前者(産院への賠償請求)について取り上げており、両家の家族(兄弟姉妹)の構成や発覚の経緯などについて少し触れていましたが、ひょっとしたら、後者(親子関係不存在確認請求訴訟が権利濫用で棄却された例)は、前者との関係で「取り違えられた、もう一方の家」ではないかという印象を受けました。

仮に、そうだとすれば、「α家に生まれながら、取り違えでβ家で育てられたAさんが産院に請求し認容された賠償額」というのは、Bさんがα家から相続した遺産と同等の額(及び慰謝料)なのかもしれません。

すなわち、Aさんは産院に対し、「β家に生まれながらα家で育てられたBさんが、上記判決によって資産家であるα家の両親から相続人の一人として多額の遺産を相続したため、本来であればその相続を受けられたはずのAさんが、取り違えのせいで相続=取得できなかった」として、Bさんが相続した財産に相当する金員の賠償(と慰謝料)を請求したというものであるのかもしれません。

もちろん、仮にそのような形でAさんが産院から逸失した相続分相当の賠償を受けることができれば、Aさんの実の兄弟達も、ある意味、損(Aさんが相続人として追加されることによる、割付を受ける相続財産の減少という意味で)をしなくとも済むという面が出てきます。

後者の事件では戸籍上の兄(Bさん?)と血の繋がらない弟達との間には不和が生じており、仮に、そうしたことが、弟さん達がAさんの発見に動いた背景にあるのだとすれば、この事件に対する見方にも、単なる美談だけではない人間臭さを感じることができるのかもしれません。

前者も、おって判例雑誌に掲載される可能性が高いでしょうから、この事件に関心のある方(とりわけ「取り違えれた、もう一人の男性」について知りたい方)は、双方の判決を照らし合わせて、この2つの事件が繋がっているのか、そうでないのか確認してみてもよいかもしれません。

産院取り違えから50年後に「そして親子になった」事件

産院での子の取り違えを、6年後に告げられた2組の親子の物語を描いた「そして父になる」という映画は、多くの方がご存知だと思います。

残念ながら、まだ拝見する機会に恵まれていないのですが、ちょうど、産院での子の取り違えが生じて後日に訴訟になった例を見つけました。

といっても、6年後に病院から告げられたのではなく、約50年ほど実の親子と同然の関係を築いた後、戸籍上の両親が亡くなり、その両親の実の子である「戸籍上の弟達」と相続紛争になったところ、どのような経緯かはよく分かりませんが、その時点になって初めて、弟側が、「兄は実の子でないから相続権は認められない」と主張し、親子関係不存在確認訴訟を提起してきたという事案です。

1審は弟の主張を認めたのですが、2審は「長期間、実の親子同然の関係があったのに、遺産争いを直接の契機として訴訟を提起したという性質や現時点で親子関係を否定することで生じる弊害など諸々の事情に照らし、権利濫用だ」として弟の請求を退けています(東京高判H22.9.6判タ1340-227)。

裁判長は業界では著名な方で、独特な説示をして、当事者の協議による相続問題の解決を促して判決を締めくくっています。

長期間、実の親子同然の関係を築いた場合、その関係そのものを法的に保護しようとする例は他にもあり、そのような前例を踏まえての判断であったと思われます。

また、「戸籍上の親子関係と実際の親子関係とが齟齬する場合に、権利濫用を理由に当事者の利害の調整をした例」としては、妻が夫に対し、「夫と法律上の親子関係があるが、婚姻中に夫以外の男性との間にもうけた子」の養育費を請求したケースで、その子も夫にとっては嫡出子なので原則として支払義務ありとしつつ、そのケースでは権利濫用にあたるとした例(最判H23.3.18)もあります。

いずれも事例判断なので、権利濫用と評価できるに足る事実関係を、どれだけ説得的に積み上げることができるか、更に言えば、そうした実質判断を重視する裁判官に巡り会えるかが勝負の分かれ目ということになるかもしれません。