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次期岩手県知事選を巡る待望論と衆院選岩手選挙区への影響

前回、一世を風靡したオガール紫波の物語について感じたことを書きました。5年以上前に読んで、前段はすぐに書いたものの、後段部分をあとで書こうと思っていたら5年以上も経ってしまい、ようやく感想を書き終えることができました。

ところで、先日の参院選岩手選挙区の結果を受けて、来年に予定される岩手県知事選に誰が出馬するのか、様々な憶測が飛び交っているようですが(私は蚊帳の外なので何も存じません)、岡崎さんの待望論は間違いなくあるのだろうと思います。

私自身は、現時点で達増知事に確実に勝てる唯一の候補と思っていますし、岡崎さんが出馬となれば、達増知事の方が対決を避けて知事選ではなく国政選挙などに方向転換する展開もあるかもしれません。

・・などと書くと、ご本人にとっては迷惑千万かもしれませんが(ご覧になっていたら、すいません)、ともあれ、自民党岩手県連などの方々は今回のブログ記事も参考にしていただき三顧の礼を尽くすことも考えていただければと思っています。

まあ、無党派層としては、自民が別候補を擁立し三つ巴の闘いになるケースでも、新たな本格的地域政党の誕生に繋がりそうで、見応えがありそうな気もしますが。

それこそ、木下斉氏なども抜擢し庁内で様々な試みを行っていただけるのであれば、増田知事時代以上に、日本で一番注目される知事になることは間違いないと思います。

なお、近時(参院選=安倍首相の死去前後)の達増知事が反自民的な発言で繰り返し報道に取り上げられている光景を見ると、達増知事は知事再選よりも国政選挙に戻って国政の小沢氏勢力の承継を予定している(希望している)のかな、と感じないでもありません。

その場合、小沢氏から岩手3区を引き継いで「藤原議員への敵討ち」を目指すのか、岩手1区で階猛議員と「野党(岩手小沢党)内の裏切り者?への落とし前対決」をするのか、野次馬たる盛岡市民としては後者の方を期待していますが、いずれにせよ、全国から強い関心を集めることは間違いないでしょう。

知事選が本格化するのはちょうど1年後ですが、その頃、国政を含めてどのような動きが生じるのか、今から楽しみに待ちたいと思います。

 

RPG小説または出会いの熱量の物語としてのオガールと、その先にある私たちの出番

5年以上前の話で恐縮ですが、猪谷千香「町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト」を読みました。

当時から一世を風靡し現在も進行中の「オガール紫波」を、立役者であり開設と運営の中核を担っている岡崎正信氏の軌跡を中心に物語風に描いた本ですが、私は岡崎さんの翌年に盛岡青年会議所に入会した関係で平成17~19年頃は何度かお会いする機会があり、いわば「オガール前史」時代の岡崎さんを若干は存じています。

その後は残念ながらお会いする機会がほぼなく、岡崎さんがJCを卒業する際の卒業式でご挨拶した程度の関わりに止まっていますが、幸い、facebookでは「友達」の承認をいただいたので、硬軟さまざまな投稿を日々興味深く拝見しています。

本書で描かれる「オガールの物語」は、紫波町の建設会社の子として高校まで地元で育ち、大卒後は都市再生機構で各地の開発事業で活躍していた岡崎さんが、必ずしもご自身の希望ではない形で帰郷し、地元での生き方を模索していたところから始まります。

そして、ほどなく、長年塩漬けにされていた町有地の開発について町役場の会合で相談を受け、その時点では誰にとっても「雲を掴む話」であった公民連携の手法による開発を提案し、町長の英断で推進に向けて様々な取組みか開始されるところから、一気に物語が進展していきます。

かくして、オガールの誕生から現在(直近)までの全体像や今後の展開などを、プロジェクトに寄与した多数の関係者の証言を通じて描き切ったのが、本書の骨子です。

その物語は、岡崎さん個人の努力と成長に加えて、まちづくり・デザイン・金融など、様々な分野の第一人者が「旅の仲間」のように次々と登場しては重要な役割を果たす姿が日替わりヒーローのように描かれ、最後に次の世代の育成で締めくくられているため、ちょっとした英雄譚を見ている感覚になります。

本書をRPGゲーム風に要約すれば次のようなものになるでしょうし、そうした読みやすさや引き込み力が本書の特徴であり魅力とも言えるでしょう。

「旅の勇者が故郷の小さな町に帰ってきました。町を治める王様は、勇者にある頼みごとをしたところ、勇者はたった一人で町の皆が驚くほどの成果をあげました。

王様は勇者に、その町が抱えた深刻な問題を相談しました。勇者は、隣の大きな町で意気投合した吟遊詩人を皮切りに、旅を通じて培った知恵や度胸を武器に、強い力を持った魔法使いや賢者など次々に優れた仲間を集め、独自の構想でその問題に取り組みました。

王様は国を挙げて勇者と仲間たちの闘いを支え、それまで町を不安に陥れていた脅威は、彼らの努力により町の良さを国中に広めるチャンスへと大化けしました。

今、その町には、新たな勇者たちが活躍の機会を求めて集まってきています。勇者たちと町の挑戦の物語は、まだ始まったばかりなのです。」

そうした意味で、本書は、都会(国=全国組織)から「お金を引っ張る」方法ではなく、まっとうな稼ぎ方を学んで実践したい人にとっては教科書的な本と言えるのかもしれません。

また、都会で何かを学んで帰郷(或いはIターン)したけれど、それを地元(現在の居住地域)で必ずしも生かせてない、という人にとっては福音書のような面もありそうです(見果てぬ夢の物語というべきかもしれませんが)。

そんなわけで、田舎のしがない町弁としての私が本書で描かれているような「都会と地元を行き来する人が担う地方自治の新しい物語」に、どうすれば、また、どのように関わることができるのか考えつつ読みました(残念ながら、いまだ何らの関与も実践もできていませんが)。

もちろん、このような「田舎のスマートな施設」は、いつの日か地元民が「シャレオツ疲れ」を起こして飽きられるリスクもあるのかもしれず、今も行われている様々なイベントをはじめ、ディズニーのようなコンテンツ更新や話題作りのため不断の努力の宿命を負った施設でもあるのでしょう。

事実、以上の文章は数年前に書いたのですが、この数年間で紫波町には学校跡地に新たな技能教育施設を作るとか、町役場跡に温泉施設を作るなどの話が持ち上がっており、岡崎さんが関わった町外の他の案件(盛岡市動物公園やバスセンター、二戸の金田一温泉など)も含め話題に事欠かない状態が続いており、スポーツ指導者としての活動もなさっていることも含め、庶民から見れば驚愕するほかないと言ってよいと思います。

そうした意味も含め、今後もオガールの努力から何かを学んでいければと思います。

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ここからは、現在=掲載時に加筆した文章です(これを書くのが遅れ、ようやく掲載できました)。

本書には、岡崎さんが最終的に目指す道が何であるのか窺わせるような記載はありませんが、私は読了直後=5年以上前、岡崎さんには米国の「シティマネージャー」のような路線を目指していただければと思っていました。

シティマネージャーとは、増田寛也・前岩手県知事が平成22年に出版した「地域主権の近未来図」(朝日選書)で紹介されていた米国の制度で、要するに「市長」という制度を止め、代わりに議会が「自治体の経営者」を選任する制度です。

いわば、議会が、市長に代わり「会社の代表取締役=雇われ社長」のような存在を選任する制度だそうで、米国では、小規模な自治体を中心に、かなり普及しているのだそうです。

岡崎さんが従事した「PPPエージェント」は、シティマネージャー業務の一端ないし先取りという面があるようにも思われ、これが各地に広まり実績が認められれば、やがて、日本でもシティマネージャーを導入してみたい、との機運が高まるかもしれません(同書でも埼玉県内で導入提案がなされた例の紹介があります)。

ただ、そのためには地方自治法の大改正が必要でしょうから、まずはPPPエージェントなど現行制度でも実現可能な手法で実績や担い手を増やすことで制度改正の機運を作る必要があるのでしょう。

そうした営みを中心に運営されていく新しい「地方自治のカタチ」に地元の町弁もお役に立つことができればと願ったりもしますが、現状では夢のまた夢なのかもしれません。

ともあれ、「自民党の憲法改正案(で指摘されている事項)は別段支持しないが、憲法改正或いはそれに類する制度改革はぜひ行って欲しい」という現在の世論は、地方制度を含め、議会(立法)・役所(行政)の制度や文化の大改革を期待していることは、間違いないはずです(それらが良好に改善されることがあれば、やがて司法も追随するのでしょう)。

最近は聞かなくなりましたが、数年前には盛んに報道された「地方議員などのがっかりニュース群」に照らしても、地方自治制度には「我々のまちには、こんな無駄な制度はいらない」とか「自分たちの独自のやり方で町をつくりたい」として、会社法のように、ある程度、自由に(自主自立的に)機関設計できることを期待する声があるのではと思っており、岡崎さん達の営みも、その一助になればと願っています。

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日本の地方制度は、中央官僚による統制を主導した大久保利通に由来すると評して過言ではないと思います。

彼ら=明治政府の先駆者達は、民衆や地元自治体よりも中央官僚(英才集団)による統制の方が、公共の福祉=社会全体のしあわせを実現できるとの強い自負を持ち、曲がりなりにもその努力を積み重ねてきたことが、現在も連綿と続く「民」や地元自治体などの「官」への依存心の根底にあると思います。

それだけに、まちの未来を自分達で創ることを標榜するオガールのPRG物語にとって、最後の敵=ラスボス大魔王とは、人々の依存心を喰らい続けて巨大化した大久保利通の影法師(血の記憶)なのかもしれません

現下の社会情勢では、或いは、岡崎さんを選挙などの大舞台に担ごうとする動きも出てくるのかもしれませんが、そうしたことも含め、ぜひ、人々の範となる闘いを今後も硬軟交えつつ続けていただければ幸いに思っています。

 

「関わってはいけない宗教団体がある」と聞いた日のこと

参院選については、岩手選挙区への是非の発言をするつもりはありませんが、北海道選挙区では応援している石川候補が惜敗となりましたので、その点は残念に思っています。将来の話をするのは早すぎるのでしょうが、どのような場であれ、いずれ捲土重来を期して頑張っていただければと思います。

開票日には、深夜まで刻々と順位が変動する各局等の開票状況をサイトで一喜一憂していただけでも疲労感がありました。まして、実際に選挙運動に従事された方々大変さは、想像を絶するものがあるのでしょう。

ところで、安倍もと首相の殺害事件に関し、犯人(被疑者)が恨みを抱いていた宗教団体として、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の名前が報道され、教団側も、犯人の母の在籍を認めています。

この点に関し、私は、かなり若い頃、尊敬していた方(故人)に、信仰の自由は最大限尊重されるべきだが、統一教会だけには関わらないで欲しいと言われたことがあります。その方が普段は非常に温和なのに、そのときは深刻な口調で説明されていたためか、強く心に残ったことを覚えています。

具体的な内容までは思い出せないのですが、間違いなく霊感商法や家庭崩壊等の話があったはずで、多分その種の話を人生で初めて聞いたので、よく覚えているのだと思います(今回の事件を受けた記事でも、同種の話が紹介されています)。

ただ、大学時代には「インドカレー研究会」と表示された手作りポスターを学内で見た記憶は微かにあるものの、統一教会の存在を感じたことは一切ありませんでした。

その後も本業等で相談を受けた経験もなく、私自身は何の関わりも持たずに現在に至っています。

そんなわけで、部外者の身で、岸首相や安倍首相の「光と影」にあれこれ物申すつもりはありませんが、こうした形で人に災禍が及ぶこともあるということは、残念な事件から庶民が学ぶべき事柄の一つとして、考えてよいのではと思っています。

 

函館ラ・サール中学・高校の学校説明会と校内レポート番組

2週間ほど前の話ですが、盛岡で函館ラ・サール中学・高校の学校説明会があり、関係者として設営のお手伝いをしてきました。

これまでは学校のご担当(副校長など)が1時間ほど口頭で喋り続けることが多かったのですが、今回担当された教員の方は、ご自身の教え子(難関大に進学した方のほか、運動部などを含めた在学中の生徒さん達)のビデオメッセージを多数揃えて、個別の生徒さん達が、どのような個性の持ち主で、学校・寮生活を通じどう成長したか、という話を詳細になさっていたので、その点は、かなり聞き応えがあったと思いました。

次回(盛岡会場)の予定日は10月22日ですので、対象となりうるお子さんがおられる方、或いはそうしたご家庭や塾・学校関係者をご存知の方は、ご来場(その方々にご紹介)いただければ幸いです。

来場者向けの配布資料が入った封筒を幾つか持っていますので、ご希望の方は、お申し出ください。

数年前にもブログで「岩手など(中学受験が当たり前な首都圏等以外)の子が中学受験や函館ラ・サールに関わる意義」について、掲載したことがあり、ご覧いただければ幸いです。
函館ラ・サール中学・高校の入試説明会と「地方の子が中学受験や寮生活をする意義」 | 北奥法律事務所 (hokuolaw.com)

また、1週間ほど前には、函館ラ・サールを取り上げた番組も放送されていました。
https://www.youtube.com/watch?v=DC8JZYyD0fo

映像には建替前の昔の寮とみられる写真も含まれています。当時は100人部屋でしたが、現在は生徒数も減って、50人部屋と呼んでいるようですね。

卯建の上がらない高校生活を送った人間が、なんで出身校の宣伝ばかりさせられるんだというのが正直なところではありますが、お子さんの進学などを検討されている県内等の方は、当方でお役に立てることがあれば、ご遠慮なくお問い合わせ下さい。

 

安倍もと首相のご冥福を祈りつつ、原敬首相殺害事件や戦前社会との比較を考える

安倍もと首相の突然の悲報に対し、心より哀悼申し上げると共に、事件の全容解明と適切な法執行・責任追及を願っています。

私がこの報道を聞いた直後に感じたのは、戦前で言えば、原敬首相の襲撃(殺害)事件に似ているのではないか、という点でした。

原敬ファン(特にアンチ安倍氏)の方からはお叱りを受けそうな気もしますし、安倍政権の功罪については様々な見解があろうかと思いますが、安倍首相が現代日本で最も存在感のある政治家であること自体は衆目の一致するところでしょうから、存在感=被害者ご本人のインパクトの大きさという点では、戦前に殺害された少なからぬ首相・政治家の中では、原敬首相に準えることは、あながち間違っていないと思います。

今回の犯人の動機や背景の解明は捜査の進展を待つほかないのでしょうが、原敬殺害事件は、背後関係に様々な憶測があるものの、事実としての解明ができず、公式には、一介の駅員の暴発的犯行と認定されています。

今回も、仮に、背後関係が存在しない(解明できない)展開になった場合は、組織犯罪である五・一五事件や二・二六事件などよりも、原敬殺害事件に似ていると形容する余地は十分あろうかと思います。

戦後の事件との比較でも、今回の凶行が純個人的なものなのであれば(背後関係が存在しない・解明できない展開になったときは)、テロという形容よりも、秋葉原事件などのような「不遇感を抱えた個人による通り魔的な暴発」の系譜に位置づけられるように思われます。

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ところで、安倍首相(主に政権奪回後の第2次安倍政権)については「偉大な功績を残した」という発言が政府与党・経済界などから溢れていますが、アベノミクス(による経済成長・株高等)で財をなした首都圏や大企業などの方々はともかく、そうした恩恵に浴することのなかった田舎の庶民には、必ずしもピンとこない面はあります(故人を殊更に非難したいわけではありませんので、その点はご容赦下さい)。

言い換えれば、安倍政権下(民主党政権壊滅後)の約10年間に庶民の世界で主として生じたことは、富裕層と貧困層の二極化、勝ち組・負け組、上級国民・下級国民、或いはリア充・非リアなどという言葉に象徴される、国民の経済・生活の格差や意識の分断の進行ではなかったかと感じます(発端自体は、小泉政権期ないしそれ以前に求められるのかもしれませんし、民主党政権が解決に貢献したとも特段感じていませんが)。

今回の犯人も、まだ解明されていない点が多々あるにせよ、「リア充」からは遠くかけ離れた生活を送っていた御仁であることは間違いないように思われ、その点で、原敬首相の殺害犯人と似ている面はあります。

報道によれば、犯人は「自分は特定の宗教団体(現時点では実名が徹底的に伏されていますが、従前の報道からは、アレだろうと推測している方は多いだろうと思います)に個人的な恨みがあり、安倍首相が団体と繋がりが深いと思って犯行に及んだ」と述べている、とのことですが、それ自体が安倍首相に凶行に及ぶ理由になるのか?という違和感も含め、犯人の主観・意識とは別のところで、事件を生じさせた「見えざる力」があるのではという印象を受けてしまいます。

(この点は、直近の報道で、家族が宗教団体に搾取され家庭崩壊したことへの復讐として、団体と繋がりが深いとされる安倍首相を狙ったと犯人が供述していると述べられており、なるほどと思う面もありますが、その動機だけでこのような犯行を容易に実現できるとは思えず、その点でも見えざる力のようなものを感じざるを得ません。そうしたことも含め、政治家という職業ないし地位の恐ろしさ、難しさということに尽きるのかもしれませんが)。

安倍首相も、政権の主な功績が「政治や経済の長期安定」と評され、ご自身も岸信介首相の国家社会主義(政府が経済を統制して国民全体の福利を実現し、その求心力を足がかりにして国家目的の実現のため国民を動員する思想)に親和性を持っていたのではと感じられること、「働き方改革」など労働者保護・弱者保護の政策も行われていたことなどから、恐らくご本人の主観では「富裕層の優遇」は本意でなく、国民各層の福利を目指していたこと自体は間違いないのだろうとは思います。

(余談ながら、原敬首相も政友会の政策としての富裕層優遇との批判を強く受けましたが、ご本人は「国民各層の結集を通じた藩閥政治=明治レジームからの脱却」を目指していたのでしょうから、在任中にそれを果たすことができなかった点を含め、両者は似ている面はあります)

しかし、社会経済の実情ないし国民側の意識として、中流層の没落(分断)に伴い「負け組感」を強めている人々が増えたことは否めず、「そのような社会を生じさせたのに、今も強い影響力・存在感を放っている」ものを象徴する存在としての安倍首相に、結果として怨嗟の矛先が向かわれやすい状況にあったのかもしれない(そのような意味で、見えざる力が働いたのかもしれない)と感じる面はあります。

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ともあれ、私は安倍首相の悲報は原敬殺害事件に似ていると感じた直後から、今後、何が起こるのか、それは、原敬首相の死後に戦前社会に生じた出来事と類似することがあるのだろうか?という点に関心を持つようになり、昨晩は、wikiなどで、大正後期や昭和初期のことについて若干調べていました。

ご承知のとおり、その時代に日本で起きた最大の事件は昭和恐慌(世界恐慌)であり、それが、満州事変に始まる転落(暗い時代)の最大の原因と言われています。昭和恐慌の最大の被害地が東北などの農村とされていることも、忘れてはいけません。

また、この時期に政府が取り組んだことの一つに軍縮強化があり、当時の状況からは、それ自体は間違っていないと思いますが、結果として軍人の社会的没落をはじめ軍関係者の強い恨みを買ったと言われています。

そして、それが、昭和恐慌により没落した各層の恨み(社会変革=没落からの回復の期待など)と相俟って、回復期待(幻想?)を国民に抱かせることに成功した軍部への支持(戦争の時代)に繋がったというのが一般的な理解かと思います。

もちろん、今は「軍部」はありませんし、現在の自衛隊を当時の旧軍と同一視するのは適切でなければ現実的とも言えないと思います。

他方、軍縮ならぬ「国費からの支出の大幅な抑制が長年期待されている項目(これを放置すれば国家財政が破綻すると言われている事項)」は、現代社会にも間違いなく存在しています。

言うまでもなく、年金・医療など社会保障関係の財政支出です。また、アベノミクスは「国土強靱化」の名目のもと公共事業の復活という面も多分に持っていたかと思いますが、これを続けることができるのか?という局面も、これから生じてきそうな気がします。また、現在の日銀が抱えている状況も、金融に関する何らかの危機の導火線になるのかもしれません(金融は完全素人なので偉そうなことは言えませんが)。

ですので、仮に「昭和恐慌のような経済危機」と「社会保障費や各種の公共事業などの圧縮(現代の軍縮)」という二つの事象が今後、同時に生じることがあれば(政府が取り組まざるを得なくなれば)、不平勢力による大きな社会の混乱・動乱に繋がるかもしれない、という危惧は、持っておいてよいのではと感じています。

ともあれ、生者には自身の現場でできることがあること、形だけの追悼言葉をメディアやFBなどで延々と並べ立てるよりも国民各自がその危機に立ち向かうことこそが、安倍首相が望んでいることは、間違いないはずです。

長文になりましたが、故人のご冥福をお祈りしつつ、今後もできる限りのことはしていきたいと思います。

かの「アベノマスク」は今も手元にありますが、今後も、出番がくるまで大切にとっておこうと思います。

 

石川知裕候補の参院選(北海道選挙区)当選を願って

本日の安倍もと首相の突然の悲報に対し、心より哀悼申し上げます。この件については、考えたことを改めて投稿したいと思っています。

ところで、来る参院選の北海道選挙区には、高校1年次の同級生で当時すぐ近くの席に座っていた石川知裕君が、立憲民主党の公認候補として出馬しています。

私は万年窓際系ノンポリ無党派層なので、立憲党であれ自公その他であれ「支持者」ではありませんが、石川候補に関しては、ぜひ当選を成し遂げていただきたいと、遠くから応援しています。

数年前に彼が北海道知事選に立候補した際、「北海道独立宣言」なるスローガンを掲げていたため、そのことに触発され、引用の記事を掲載したことがあります。
石川知裕君の健闘と北海道知事選の先にある「道民の魂」の深化を願って | 北奥法律事務所 (hokuolaw.com)

今回は、このスローガンは使われていないようですが、引用記事で述べた「都市(札幌圏)と田舎(それ以外)の分断」や「東北以上に東京(日本の中枢)の植民地のように見える光景」などという北海道が抱えた論点は、今も変わりがないと思われます。

左右の路線を問わず「北海道の田舎的なるもの」の利益や心情を代弁する立場にあると思われる石川候補の選挙戦を通じて、そうした論点への問題意識が改めて喚起されて欲しいと思っています。

今回の参院選では、岸田政権を支持するか否か(或いは、物価高騰などの不満を投票行動としてぶつけるか否か)だけがクローズアップされ、社会内で議論されるべき多くの論点について、政党や候補者、メディア等から内実の伴う話、或いは「社会が本当に良くなるのではとワクワクするような話」が聞こえてきません。

岩手も広瀬氏・木戸口氏の両陣営が拮抗し、無党派層(や階猛議員?)の動向次第で当落が決すると見られている一方、無党派層を熱狂させ投票行動に駆り立てるようなメッセージが、いずれの陣営からも発せられていない(双方とも組織票固め=身内づくりばかり奔走している)ように感じ、残念に思っています。

残り少ない期間となった上、本日の出来事もあり、これ以上の論戦はあまり期待できないかもしれませんが、選挙後も含め、国民にとってより有意義な政治論議や政治闘争が繰り広げられることを期待したいものです。

じっと手を見るカソ弁の悲哀と漆妻

3年ほど前の話です。

とある日曜に浄法寺の里山で出張仕事があり、折角なら旅行を兼ねてということで、仕事を昼までに終えて、岩手青森県境不法投棄事件の現場視察→田子の名瀑「みろくの滝」→感動の十和田湖ゴール、という計画を立て、不在者投票など万全の準備をしていました。

が、土曜になって家族にドタキャンされ、一人寂しく浄法寺ICそばのドライブインで「漆の実コーヒー」をいただき、事務所に戻って仕事(とゴロ寝)してました。

その日は司法修習52期の方々の20周年大会があったそうですが、そうしたイベントに参加する力もなく、今となっては運転資金の捻出に追われるだけの過疎地の下層弁護士(略してカソ弁、訛ってカス弁?)というのが正直なところです。

ともあれ、めげずに毎度の一句。

カソ弁の悲哀を知るは漆のみ

などと書くと「もののけ姫」のテーマ曲が脳内を駆け巡ってしまいます。

というわけで?さらに余計な一句。

かぶれたのは皮膚か心か うるし妻

残念ながら、ご本人にはこの句の大意(愛情表現?)がご理解いただけなかったようです。

なお、この事件では、裁判所との関係で想定外の塗炭の苦しみを強いられましたが、最近になって、ようやく大きな峠を越える目処が立ちそうになっています。

その峠を越えた後も、まだまだ完全決着までの道のりが長い(むしろ、それからが本番)のですが、数十年間放置された辺境の大事件を決着させ、当方依頼者が背負うことを余儀なくされた重荷を解き放つため、大赤字仕事に背中で泣きながら、最後までやり抜きたいと思っています。

大人同士のいじめ事件と、残念な光景に挑むお気の毒な弁護士

この仕事(マチ弁業)をしていると、時折、

「人を食いものにして(巧妙に利用して)暴利・悪銭を得ようとする類の人と、その御仁に依存・従属し搾取された残念な人との争い(往々にして、後者が搾取された利益を取り返そうとする類の紛争)」

に遭遇することがあり、私の場合、前者にはご縁がなく、後者の方々が、とても酷い状態になってから、なんとかして欲しいと門を叩いてくることが通常です。

で、この種の紛争の常として、前者が自身の搾取を正当化しようとする外形(形式的証拠)を何らかの方法で作っていることが多く、この種の紛争が、事業者間・個人間で生じる(ので、消費者契約法の出番もない)ことも相俟って、やる気のない裁判官に遭遇してしまうと、後者がどんなに酷い目に遭っていても、あんたがそれを了解したんでしょ、などと形式論理で前者を勝たせてしまう危険が十分あります。

よって、この種の紛争では、そうした「ろくでなしな外形証拠(往々にして、当方ご本人が押印等してたりする)」をどうやって打ち破るかがテーマとなりやすく、そのためには、詳細な実質論や裏付けとなる事実関係を、独りよがりな価値判断ではなく、裁判官が勝訴判決を書くには何を積み上げるべきかも考えた上で、法廷に届ける作業をしなければなりません。

往々にして「この残念な物語を、きちんと裁判官に伝えて正しい事実を踏まえた判断をしてもらうべきだ(相手方のろくでなしな主張事実を放置してはいけない)」と感じることも多く、結論として、受任弁護士が(やる気の無い人を除き)塗炭の苦しみを余儀なくされることになります。

この種の話は、2~3年に1回くらいの頻度で出逢いがあり、現在も、膨大な作業に追われ続けた受任事件があります。

平たく言えば「大人同士のいじめ事件(それも、カネや力のある人が絡んでいる)」であり、諸々の理由から今回も何が何でも負けてたまるかという気持ちで死力を尽くしてきました。

近年、心身の緩やかな衰えを感じるようになりましたが、この種の作業に没頭したときは今も徹夜仕事を繰り返しており、俺もまだ捨てたもんじゃない、と感じたりもします。

で、我々の業界では、長文は書くなとか情緒的な文書を書くなとか散々言われますが、この種の事件では肚の奥に色々な事柄が溜まるせいか、決めゼリフ言いたい病から逃れることができません。

というわけで、その際に提出した準備書面から一言。

「被告の主張は原告に隷属を強いるものに他ならず、法的に正当化されることがあってはならない。それは、法の正義に反することが誰の目から見ても明白だからである。」

この種の事件は、タイムチャージ的には大赤字が不可避ですが、先般、山浦もと最高裁判事(弁護士出身)の「お気の毒な弁護士」を拝見し、「まだまだ俺も修行が足りん」と、自分を慰めて作業に向かうことにしています。

ただ、解決まで3~4年かかった数年前の事件では、運良く大成功を修め、奇跡的に採算の合う仕事ができたので、「お気の毒だが欲界と資金繰り地獄から逃れられぬ田舎のマチ弁」としては、また僥倖に恵まれないかなぁ・・と、そればかり考えてしまいます(笑?)。

医療事故など(各種のリスク事業)への賠償責任保険の義務化の必要性

以前、無痛分娩の施術ミスで母子に生じた重い障害が原因で約3億円の賠償命令を受けた産婦人科の医療法人について、破産手続がなされたとの報道を見たことがあります。
https://www.sankei.com/article/20210721-5RTRAIQZKBOVHDAG226GZ3TUHE/

賠償責任保険への未加入が支払不能の原因と思われますが(交通事故などと同様、保険に加入し保険対応が可能なら、賠償責任自体は保険対応でき、破産の必要はないはずですから)、被害者保護に悖るというほかありません。

病院に限らず、各種の士・師業など一定の割合で賠償問題が生じうる企業は、保険加入を開設等の必須要件とし、その上で、未然防止に資する業務監査などの制度を構築すべきと考えます(不法投棄問題や保育施設についても同様の投稿をしたことがあります)。

交通事故でも、無保険で巨額賠償義務を負った加害者が破産免責を受けて被害回復が全く果たされない例もあり、保険の義務化について社会はもっと関心を持っていただきたいところです。

私(当事務所)も、当然ながら弁護士業務に基づく賠償責任を対象とする保険に加入していますが、幸い、現在のところお世話になったことはありません。

賠償絡みではありませんが、企業間取引や労働問題などに関する請求で、散々苦労して勝訴判決等を得た直後に相手方企業が破産等に及ぶ例を何度か経験しており、そうした被害(貸倒)に対処する保険等の制度も考えていただきたいものです。

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ところで、以前、上記の内容をfacebookに投稿したところ、建設業界の方から、毎年、車両及び工事関係の保険の掛金だけで年間数百万円にもなり、社会保険なども含め、企業としての負担が大きいとのコメントをいただきました。

建設業界などの保険掛金等の実情は存じませんが(車両のように無事故歴等が長いと保険料が大幅に下がる等の仕組みはないのでしょうか)、一般論としては、自社の支払能力を超える巨額の賠償問題が生じうる機械類を扱っておられるのでしょうから、保険加入自体は必須とご理解いただくよう、お願い(お返事)しました。

ただ、良質な業務受注や適切な経費節減に務めておられるのに真っ当な企業経営が困難になるほど掛金負担が重すぎる、というのでしたら、それもまた、保険=被害補償確保=を維持できない本末転倒な話というべきだと思います。

例えば、従業員に劣悪環境を強いて事故=保険金支払を誘発させる一部の問題業者のせいで、業界全体の保険料(掛金)が増大しているなどという事情があるのでしたら、そのような問題業者を、事故発生以前から業界から退場させる仕組みを作るべきだと思います。

そのことで、結果として、保険事故なんて極めて稀にしか起きない世の中になれば、保険料も自ずから安くなるでしょうし、その上で保険会社が儲けすぎ云々の話があれば、掛金の返還などを含め、業界として団交いただくべきでしょう。

また、すでに相当程度なされているのでしょうが、入札資格であれ税制などの類であれ、保険加入社を未加入社よりも優遇する制度・仕組みが励行されるべきでしょうし、保険料に限らず、無事故歴が長いとか防止のための措置を適切に講じている企業などを様々な形で優遇する措置を、盛んにしていただければと思います。

ともあれ、善良な会社さんの企業努力だけで実現できるものではないでしょうから、業界内部で問題提起し改善に繋げていただければ幸いに思っています。

 

帰ってきた?田中舘秀三物語と「街もりおか」

昔から私の投稿をご覧いただいている方なら、私が5年前に、

世界遺産・シンガポール植物園と同国の多数の学術資産を大戦の混乱から救った、田中舘秀三・東北帝大教授(二戸・盛岡出身)の物語(映画化を目指すあらすじ案)

を掲載したことを覚えておられるかもしれません。

この件では、盛岡北RCや二戸RCの卓話でお話しさせていただいたこともありますが、その後はWebの片隅に消えるだけの残念な状態が続いています。

数年前、某映画の制作時にプロデューサーの方が盛岡北RCで寄付募集をしていたので、せめてもの悪あがきということで、ささやかな(私には小さくない)額の寄付を行い、その代わり、「あらすじ案」を監督にお渡し下さいね、とお願いしたものの、当然ながら?何のレスポンスもなかった・・ということもあり(渡して下さったことは間違いないそうですが)、懐かしい思い出です。

私も、半ば忘却の彼方だったのですが、少し前、盛岡のご出身で長年、他県の大学で教鞭を執られていたという元大学教授(ご専門は東南アジア文化研究とのこと)の方から、

この話をこのまま埋もれさせるのは勿体ない、また運動してはどうか

との激励のメールを頂戴しました。

私も、このまま終わるのは残念という気持ちもあり、先日、タウン誌「街もりおか」の運営に関与されている方が執筆者募集をしているのを見かけたため、投稿させて欲しいと申し出たところ、了解を受け、先ほど、原稿を提出しました。

恐らく、7月か8月の「街もりおか」に、掲載されるのではと思います。

当時、作成した「あらすじ案」は、PDFで保存していますので、ご希望の方は、Eメール(当サイトの「お問い合わせ」コーナーからも送信可能)でお申し出があれば、私からPDF版を返信することも可能です(もちろん無料です)。

これが最後の悪あがきになるかもしれませんが、可能でしたら、メディア?等の業界関係者と面識のある方は、「こんなネタもある」と伝えていただくなど、この「たった1人の運動」に皆様のご助力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。