私は、数年前から、交通事故の被害者側で訴状を作成して裁判所に提出する際は、事故証明書など、双方が共通認識を持つべき基本的な資料のみを提出し、それ以外の資料(特に、治療状況の詳細や被害者の収入等に関する資料)は、加害者の代理人弁護士が選任された後、その弁護士に送付することにしています。
そもそも、交通事故のような「不法行為等に基づく損害賠償請求訴訟」では、賠償請求の原因となる加害行為やそれに基づく損害の内容について、被害者が全面的に主張立証責任を負うのが原則ですので、訴訟でも、自己が支払を求める損害の内容等について、詳細に資料を提出して事情を説明しなければなりません。よって、人身傷害事故で治療費や休業損害などを請求する場合、診断書やレセプト、収入に関する資料などを色々と提出する必要があります。
ただ、これらは個人情報そのもの(特に、収入などは典型的なセンシティブ情報)なので、被害者にとっては社会生活上、無関係の相手というべき加害者に、それらの情報の開示を余儀なくされるというのは、疑問の余地がないわけではありません(人によっては二重被害だという見方もあるかもしれません)。
また、それらの資料は、裁判所が証明の程度を判断し事実認定をする上では必要なものですし、加害者の代理人や任意保険(損保会社)にとっても同様の判断や反論等をする上で必要なものですが、加害者本人にとっては、目にしなければならない資料という訳ではありません。
任意保険に加入せず代理人弁護士の選任もせず、加害者自ら訴訟に対応するというのであればやむを得ませんが、そのような例外的な場合でなければ、被害者側(被害者側代理人)にとっては、賠償請求のためとはいえ、加害者本人に被害者の個人情報が詳細に記載された資料を見せる必要は微塵もないと思います(滅多にあることではないと思いますが、加害者本人だと目的外使用の不安もないわけではありません)。
そこで、小手先レベルと言われるかもしれませんが、私の場合、せめてもの対応ということで、訴状では損害に関する事実関係の詳細を記載するものの、その裏付けとなる書証(治療や収入等に関する資料)を出さず、事故証明書や事故態様に関する書証のみを提出することとしています。そして、訴状等が加害者本人に送達され、それが損保会社を経由して同社の顧問又は特約店の弁護士に交付され、加害者の代理人として裁判所に届出がなされた後で、裁判所とその代理人弁護士に交付する形をとっています。
私の知る限り、加害者側代理人の場合、損保会社にはコピーを送りますが、加害者本人には送付しないことが通例と理解していますので、こうすれば、(殊更に損保会社が加害者本人にコピーを送るのでもない限り)被害者の様々な資料が加害者本人の目に触れることはありません。
もちろん、訴状には休業損害等の計算の関係で、収入額等を書かない訳にはいきませんので、訴状には提出予定書証の番号を書いています(裁判所に手持ち資料の存在を説明する点で、証拠説明書を添付するか留保するかは悩みますが)。
さほど沢山の件数を手掛けた訳ではないものの、今のところ、この方法で裁判所等からクレームを受けたことはありません。
これだけ個人情報保護(個人情報に関する資料等の取扱の慎重さ)が強く叫ばれるようになった時代なのに、「損害賠償請求訴訟」に限っては、「被害者が全面的に損害の主張立証責任を負う」とのお題目のもと、様々な自身のセンシティブ情報の開示を、(よりによって被害者が加害者に)強いられるというのは、かなり違和感を感じるところがあります(そうした意味では、究極的には民事訴訟法の改正なども視野に入るような話なのかもしれません)。
この点、加害者が任意保険に加入している方であれば、加害者ではなく損保会社に対し訴訟提起するという方法も考えられますが、この方法の当否については議論もあるようですし、やはり、加害者本人の責任を明らかにしたいというのが一般的な被害者の心情ではないかと思います。
裁判制度を巡る様々な現代的課題の中では、ごく些細な事柄というべきなのかもしれませんが、業界関係者には思考の片隅に置いていただいてもよいのではと感じています。