北奥法律事務所

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重大犯罪被害に関する支援費用と人身傷害補償保険

最近、殺人事件など痛ましい犯罪被害の報道がなされる際、被害者側(遺族など)が、代理人の弁護士を通じてコメントを公表する例が増えているように思います。

日弁連では、数年前から、犯罪被害者や遺族のための報道対応や刑事手続に関する支援活動という分野(業務)をPRしており、刑事手続に被害者等が参加するための法整備も一定程度はなされているため、賠償請求以外の場面でも弁護士の支援を受けることを希望する方が増えつつあるようです。

ただ、その「支援」も、相応の費用を要するとなれば尻込みする(或いは支払困難な)方も少なくないでしょうし、そもそも、犯罪被害に遭わなければ支援なるものも要しなかったわけで、できることなら加害者に支払って欲しいと思うのが人情ではないかと思います。

もちろん、弁護士側も、その種の活動に特殊な使命感等を持ってボランティア的に取り組んでいる方もおられるでしょうし、高額な賠償請求と回収が見込める事案であれば、賠償に関する受任費用で賄う(言うなればセット販売)という発想で、報道対応等については無償で対応するという例もあるのかもしれません。

ただ、基本的には弁護士も、業務(食い扶持)として仕事をしていますので、「支援」とか「寄り添う」などと美名?を称する場合でも、最終的には何らかの形で対価というものを考えざるを得ません。

私はその種の業務(重大犯罪被害者の報道対応や刑事手続参加等の支援業務)のご依頼を受けたことがないので詳細は存じませんが、聞くところでは、経営負担のない若手など一部の弁護士の方が、法テラスなどを通じ僅かな対価で取り組むことが多いようです。

この点に関し、「Y社が経営する学習塾内で塾講師Aが児童Bを殺害したため、両親XらがYに対し、使用者責任に基づき損害賠償請求し、その際に、賠償請求自体に伴う弁護士費用とは別に、遺族として報道や刑事裁判などの支援対応を受けたことによる弁護士費用として100万円を請求したところ、当該請求を裁判所が全面的に認めた例」があり(京都地判H22.3.31判時2091-69)、解説によれば、刑事支援費用の賠償を認めた(論点として扱った)例としては、唯一かもしれないとのことです。

判決によれば、受任した弁護士の方には相応に膨大な従事時間があったようで(但し、細かい立証がなされたわけでもないようですが)、そうしたことも考慮して上記の金額が認容された模様です。

ただ、このケースでは、Y社に十分な資力があるとか、Y社が加入している賠償責任保険が利用できるといった事情があるのであれば、Xや代理人弁護士としては問題ないものの、Y(加害者側)に支払能力がない場合であれば、本体的な損害賠償請求権と同じく、絵に描いた餅にしかなりません。

ここ数年も、ストーカー関連の殺人事件など理不尽で痛ましい重大犯罪被害が幾つも生じていますが、その多くが、加害者(賠償債務者)が無資力ゆえに賠償請求の回収が期待できない事案と目され、こうした問題は長年に亘り指摘されながらも、一向に改善の兆しが見えません。

この点、交通事故に関する自動車保険契約では、人身傷害補償特約が普及しており、加害者が無保険でも、被害者側で契約している任意保険から一定額の補償(保険金)を受けることができ、この特約は、犯罪被害にも対応する(或いは犯罪被害向けの特約も付して販売されている)例も少なくないようです。

そのため、こうした保険(特約)に加入している方であれば、加害者側が無視力でも民事上の被害回復を一定程度、図ることができることは確かだと思います。

ただ、人身傷害補償保険は実損ベースの算定とはされているものの、被害の全部を補償するわけではなく、約款により一定の限度額が設けられている上(私が関与した交通事故事件では、人傷保険金として給付された額が、総損害額の7割前後だったとの記憶です)、時には、「実損」の算定を巡っても保険会社と被害者(契約者)とで争いになることがあります。

そのため、そうした保険会社に請求する場合も含めて、かつ、賠償請求だけでなく上記のような報道対応等の支援に関する弁護士費用なども含む、被害者に生じた被害を全面的に填補する保険商品を販売する保険会社が現れるのを期待したいところです。

また、当然ながら、自動車を保有しない=自動車保険契約をしない世帯向けに、生命保険や損害保険などの特約として同種の保険商品を販売、購入する取り組みが広まって欲しいものです。

そして、究極的には、「掛け捨て」の特質として、保険事故=犯罪が減少すればするほど保険会社にとっては利益があるわけですから、保険会社が保険料を原資に相応の費用を投じて、行政が行き届かない犯罪予防のための様々な取り組みを行うようなことも、なされればよいのではと思います。

弁護士の立場では、「犯罪被害対応支援」は、現在のところ、労働に見合った十分な対価をいただくのが困難な分野と目されているようにも思われ、現状ではそのようにならざるを得ない構造的な制約もあります。

しかし、理不尽な重大犯罪被害のような問題は、追突などの交通事故と同じく、社会が存在する限りは誰かがババを引いてしまう面があるため、全員が広く薄く負担することで被害者に手厚くする仕組みが求められていると思われ、保険商品の設計のあり方なども含め、関係者の熟慮と行動を願うばかりです。

私自身は、この種の業務はタイムチャージとするのが適切と思いますが、事案によっては前記判決のように相当な額になるでしょうし、「過剰支援(要求)」などという問題も生じるでしょうから、保険給付のルールや類型ごとの上限、保険と自己負担の割合なども含めた費用のあり方についても、検討が深まればと思います。

坂の街・大船渡の景観を考える

現在も、法テラス気仙の担当の一人として、月1回のペースで大船渡に通っています。宮守ICの開通後は、交通状況次第では2時間弱で大船渡に到着でき、渋滞問題もほとんどありませんので、気持ちの上では宮古市よりも近い(移動時間という点では、沿岸では盛岡から最もアクセスがよいのでは)と感じるところがあります。

先日は、再建した大船渡魚市場の食堂がオープンして大盛況になっているとのニュースを見ていたので、是非と思って行ってみたのですが、30分待ちということで時間的に断念し、テラスの眺望だけ拝見して帰りました。場所柄、大船渡湾が一望できますので、この景色を見るだけでも十分に立ち寄る価値はあると思います。

ところで、大船渡市の中心部(主に盛~大船渡地区)は、大船渡湾を囲むようにして坂の街が形成されており、対岸(赤崎地区など)から見れば、坂に沿って建物が林立している景観を楽しむことができます。

このような「港に沿って形成された坂の街」は、瀬戸内海や地中海、或いは長江中流域(重慶~三峡ダム。平成11年の夏に行ったことがあります)などでは珍しくないと思いますが、岩手ではとても珍しく、それ自体、景観としての価値があると言ってよいのではないかと思います。

小規模な港町を別とすれば、岩手の他の沿岸都市は、いずれも北上高地から各地の沢水を集めて流れてくる河川の河口付近に出来上がった細長い平野部(扇状地)に形成されており(宮古、釜石が典型で、ご無沙汰していますが久慈も同じような感じだったと思いますし、陸前高田も細長くはありませんが気仙川河口の扇状地という点は同じでしょう)、街の景観(地勢)という点では、大船渡は岩手的には異彩を放っているように感じます。

その点は、大船渡湾が外洋から深く入り込んだ形状をしており、湾内が比較的穏やかな海になっていることも関係しているのではないかと思われます。

ともあれ、大船渡を訪れて中心部周辺を周遊していると、この街は、もっと坂の街としてのアイデンティティを押し出し、その景観を市街地形成や観光等に活かすべきではないかと感じられます。

例えば、対岸=赤崎地区に、景観を楽しめる南欧・地中海料理の飲食店など出店してはいかがかと思うのですが、どうでしょう。この地区は、中心部からは若干離れているものの、質が高ければ客が殺到するのは、同じく中心部からは離れていると言って良い魚市場食堂が証明していると思います。

岩手弁護士会の公害対策環境保全委員会では、地元の景観資源に関し地元の弁護士として何らかの貢献ができないか模索しており、法規制や運用などを通じ、こうした事柄にも関わりを持てればと思っているのですが、何のツテもスキルもなく、どうしたものやらです。

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古美門研介と小保内義和の異同について論ぜよ

時機を逸した話題で恐縮ですが、堺雅人氏の熱演で話題になった「リーガル・ハイ」は、私も、「1・2」両方ともビデオに録って視聴していました。

私も曲がりなりにも同業者ですので、一部の極端なパフォーマンスなど現実離れした部分はさておき、事実の調査や証拠固め、駆け引きなどについては、それなりに参考になる(実務家から見ても面白い)と思って、拝見していました。

先日、インターネットを見ていたところ、「古美門弁護士の年齢設定は、堺氏の実年齢と同じ」との記載を見かけましたが、私は堺氏と同年齢(昭和48年生まれ)ですので、私と古美門弁護士とは、同年齢ということになりそうです。

ただ、ネット情報によれば古美門弁護士は一発合格とのことですから、大学4年で合格して修習したのであれば、卒業2年目で合格した私から見れば、司法修習は2期先輩ということになります。

また、当事務所は、昨年に若く熱心な女性弁護士が加入しており、その点でも似たような面があるかもしれません。さすがに、万能の大物執事とか事実を作り替えてしまうほどの強力な調査員などというスタッフにはご縁がありませんが。

古美門弁護士は、超ハイテンポな尋問等で相手を圧倒するのが持ち味ですが、私も仕事ではかなり早口で話す方です。ただ、尋問は大の苦手で、尋問事項書の暗記も出来ずそのまま読み上げるような感じになってしまうので、その点では恥ずかしながら比較の対象になりません。

それでも、反対尋問の尋問事項づくりの際、我ながら良い尋問を思いついた(と思った)ときには、ドラマの影響か、人差し指を縦に伸ばしたり、妙なポーズをとりたい衝動にかられるときがあります。さすがに実際の尋問では、そうした不審挙動には及んでいないと思いますが、できれば、格好ではなく中身の方で、良い影響を受けておきたいものです。

あと、古美門弁護士といえば金の亡者というイメージですが、私の場合は、力量の差か田舎弁護士の悲しさか、高額案件にはほとんどご縁がなく、他方で過去の経緯から結構な経費を要する事務所のため、帳簿等を垣間見ながら毎月の資金繰りを心配する有様ですので、我ながら「運転資金の亡者」のように感じるときはあります。

なお、「女王様のような裁判官」は存じませんが、私が修習生だった平成10年前後の盛岡地裁には、ある意味「女王様」の修辞がよく似合う、華やかな雰囲気の若い女性裁判官が在籍しておられました。修習生の頃、その方が、「定年退官時に、(大臣や知事の退任時の光景のように)庁内の職員さん達に囲まれて暖かい拍手や花束に包まれて去っていくのが夢」と仰っていたのをよく覚えています。

その後、私の東京時代(平成15年前後)に東京地裁交通専門部でお会いし、交通事故訴訟で何度かお世話になりました。さすがに、ご本人の訴訟指揮等は「どS」ではありませんでしたが・・

ともあれ、11月にもスペシャルドラマがあるそうなので、忘れずに視聴したいと思います。

紫波・大迫(花巻)・盛岡の辺境部をゆく

先日、休日に紫波署まで仕事で行ったのですが、同行した家族から、紫波町内の船久保洞窟を見たいとの要望があり、終了後、そちらに向かいました。

事前に少しだけは調べていましたが、洞窟の入口は普段は施錠されており、見学希望者は、すぐ近くにお住まいの管理人さん(周辺の所有者)にお願いして見学することになります。

この日も、何の事前連絡もなく現地に赴いたところ、運良くお孫さんを発見し、管理人さんを呼んでいただいたので、見学することができました。

洞窟自体は小規模なものですが、最奥の広間は十分な見応えがあり、一見の価値があります。また、小さな蝙蝠が沢山いて、私はしませんでしたが、手にとることも出来る状態でした(軍手を持っていくのが賢明かもしれません)。

個人的には、入口の扉が開く前の光景が、得体の知れぬ何かが封印されていそうな感じがあって、味わい深いものがありました。

紫波町は、オガールで大いに売り出し中ですが、管理人さんご家族に迷惑にならない方法で、こちらの洞窟の活かし方も考えていただいてもよいのではと思いました。

但し、恰幅の良い方には通行困難な狭路部分もありますので、その点は予めご留意下さい(ネットで検索すれば、写真入りで詳細を紹介したサイトも出てきますので、そちらを参照いただくのも良いでしょう)。

その後、可哀想な狸の死骸が横たわっていた折壁峠を抜けて早池峰湖(旧大迫町=現花巻市)に行き、次いで、紅葉まであと少しの早池峰湖から長野峠を経て簗川道路に向かい、砂小沢や根田茂の集落を垣間見て、盛岡市内に戻りました。

これらのルートは、これまで一度も通ったことがなく、山道が続き展望も少ない地味な道のりではありましたが、簗川道路の奥地など、古き良き里山の光景(或いは、ドラマの舞台に出てきそうな閉ざされた雰囲気)を色濃く残しているエリアもありました(その辺りは、盛岡市内でも有数の過疎地=限界集落ではないかと思われます)。

最近では、限界集落は無理に維持しようとせず、ブランディング等に秀でた一部の優良集落を除けば、ソフトランディング的に昔の山林に戻すべきではとも言われているようですが、このエリアに関しては、盛岡中心部からほど近く、簗川ダム付近のエリアは道路が整備されたこともあり、何らかの活かし方、活性策がないのだろうかと思わずにはいられないものがありました。

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東北油化の倒産と周辺環境の原状回復

先月頃から、奥州市江刺区にある東北油化という家畜の死骸処理を行う会社が周辺に悪臭等を生じさせたとして行政処分を受け、程なく自己破産申立をしたとの報道がなされています。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20141012_3

私自身は(少なくとも現時点で)この事件には全く関わっていませんので、報道されている以上の事実関係は知りませんが、岩手県から水濁法や条例に基づき汚水や悪臭の是正措置を命じられていた中で破産申立がなされたということは、一般論としては、法令に適合する是正措置を講ずるだけの資力がないのではと危惧されます。

当然、破産したからといって会社に是正措置を講ずべき義務が無くなるわけではありませんし、会社施設の原状回復(特に、周辺環境に著しい悪影響を生じさせるような有害物質等の除去)は、破産手続=管財人の業務上も優先性の高い事務とされています。

ただ、破産手続は、換価・回収可能な会社財産(破産財団)の範囲内で会社の財産の管理や配当を行う手続ですので、もし、同社が当該措置(水質などの原状回復工事)を行うに足る金融資産等を有するのなら、管財人が早急に当該措置に着手するでしょうが、それを賄うに足る資産がない場合は、管財人としては手の施しようがありません。

この場合、有害性の強い物質が拡散するなど周辺環境への悪影響が看過できないもので、税金を投入してでも原状回復をすべきだと判断されるときは、岩手県知事は、行政代執行により一定の除去工事を行う可能性があります(廃棄物処理法19条の8)。

仮に、上記の事情が認められるのに県が代執行を行わない場合には、住民は、豊島事件のように公害調停を申し立てることで、県に代執行を行うよう働きかけることが、方法としては考えられます(行政代執行の義務づけ訴訟という手段も考え得るかもしれませんが、ハードルはかなり高いと思われます)。

ただ、岩手県庁(環境部局)は、県境不法投棄で全量撤去を早期決定するなどの前例がありますので、現在の制度上、代執行の必要性が高い案件であれば、そのような手続を経ずとも、率先して一定の除去工事を行うことは期待できるのではないかと思われます。

なお、管財人(破産財団)が自ら実施できるにせよ、税金を投入(代執行)せざるを得ないにせよ、債権者や納税者の犠牲のもとに高額な原状回復工事を余儀なくされる場合には、そうした事態を招いた会社役員など主要関係者の個人責任を厳しく追及すべきではないかという問題があるかと思います。

水濁法は仕事上関わったことがないため詳しくは存じませんが、事案次第では、廃棄物処理法を含め、何らかの刑事罰の適用がありうるかもしれません。また、刑事罰に至らなくとも、会社等に対する民事上の賠償責任(特に会社法に基づく役員の賠償責任)は十分にありうるところです。

この事件が、そうしたスケールの大きい事件なのか、さほど除去工事に費用を要せず管財人が簡単に実施できるレベルなのか分かりませんが、周辺環境に禍根を残すような形にはならないよう、住民や報道関係者などは、今後も成り行きを注視していただければと思います。

また、報道によれば、同社は県内で牛の死骸の処理ができる唯一の施設で、県内の畜産農家への影響が懸念されるとのことですが、そのような企業であれば、経営破綻になる前に、行政が経営の健全性を何らかの形で調査したり、経営困難な事情が生じた場合には、破綻になる前に事業譲渡など混乱回避の措置を講じる仕組みづくりが必要ではないかと思われます。

そうしたことも含めて、一連の経過を検証し今後に繋げるような取り組みがなされることを期待しています。

交通事故による若年重度後遺障害者の将来介護費等に関する定期金賠償

2歳7ヶ月の幼児が交通事故で重傷を負い、両下肢完全麻痺等の重篤な後遺障害を負い、等級1級1号が認定された件で、介護費等に関する将来発生分について、一時金ではなく定期金(毎月又は毎年など、一定期間ごとに支払う方法)による賠償が命じられた例について、少々勉強しました(福岡地判H25.7.4判時2229-41)。

日本の裁判所は、将来、確実に発生すると見込まれる損害についても、一時金=判決時(遅延損害金の起算点は事故時)の一括払を命じるのが原則ですが、逸失利益など将来発生する損害には中間利息(ライプニッツ係数による計算が大原則)の控除を行うため、実際に要する費用よりも少ない金員しか受け取れないことになってしまう(中間利息控除による減額は、決して小さなものではありません)として、15年ほど前から定期金請求の当否が裁判上争われるようになっています。

で、逸失利益などについては、一時金とする(定期金請求を認めない)運用がほぼ確立したと思われますが、介護費など実損的なものについては、定期金請求を認める例も多く、事故以外の事情で長期の生存に疑問符が付く方が被害者となった場合などは、加害者側が支払の抑制のため(実際に短期間で死亡した場合などを想定すれば一時金賠償だと割高の支払になる)定期金での賠償を求める例もあります。

上記の例では、裁判所は、被害者の年齢(長期の介護等を要する)や両親の希望等を重視して介護費等に関する定期金請求を認め、介護費につき月額45万円強、車椅子等につき年額150万円弱等、車両等につき数年おき100万円等の定期金賠償を命じています。

なお、一時金については、慰謝料(多額のリハビリ費用が訴訟上請求されていないことを理由に、本人分だけで3000万円を認めています)や逸失利益等について7600万円強、それとは別にご両親の慰謝料として各440万円を認容しています。

他にも、2歳児をジュニアシートに座らせたことで過失相殺になるか、常時介護か随時介護か、労働能力喪失率(100%か否か)なども争点になりましたが、いずれも被害者側の主張が容れられています。

私も、平成15年頃(東京時代)に、1級の後遺障害を負った方の賠償請求に関する訴訟に携わったことがあり、介護費や自宅改造費など様々な将来損害の請求を行い、ご自宅や勤務先を訪問し伺った内容を陳述書にまとめるなど、色々と主張立証を検討、準備したことを覚えています(その事件は、途中で岩手に戻ることになったので、兄弁が引き継ぎ、穏当な内容の和解で決着したと聞いています)。

余談ながら、その事件では、被害者の方が、最初に依頼していた弁護士の方の仕事ぶりに不信感を抱き、交渉(裁判外調停)が決裂し訴訟になるという時点で私の勤務先に依頼されてきたという事案で、前代理人(調停手続で提示された内容を前提に成功報酬を請求していました)との関係解消のための処理も余儀なくされました。

前代理人の方は、請求内容などの整理については特に問題のない仕事をしていましたが、依頼主に対する態度ないし説得姿勢などに問題があったそうで、互いに言い分のある話なのかもしれませんが、重大な被害を理不尽に負わされた方々(なお、被害者に過失がない事故でした)との接し方という点で、色々と考えさせられるところはありました。

重篤な後遺障害事案などでは、介護等の関係で様々な損害が発生し、それらを整理して請求することが求められるほか、一時金か定期金かという論点をはじめ、介護費の金額等を巡り様々な議論が必要になるなど、一定の熟練を要する面がある上、上記の例に見られるように、被害者の様々な心情に配慮した代理人活動を必要とすることもあり、弁護士なら誰でもできるような類の仕事ではないことは確かです。

万が一、そのような深刻な被害を受けてしまった方々におかれては、加害者への賠償請求や弁護士の相談・選択等の段階でも、十分な調査・検討を行っていただき、一種の二重被害に陥るようなことだけはないように、留意いただければと思いますし、当方も、そうした事案に適切にお応えできるだけの研鑽を今後も重ねていきたいと思います。

弁護士会費の近未来と「大きな政府、小さな政府」

いわゆる司法改革に伴う弁護士の大増員政策については、肯否様々な評価があるところですが、若い弁護士が大量に増える一方で、全員が以前と同様の収入を得ることができるだけの仕事が確保されているわけではないということで、弁護士一人一人の仕事の質量も平均年収(所得)も下がっていることは、間違いないのではないかと思います。

ちなみに、「増員」について詳しくない方のため基礎的な情報を挙げておくと、平成2年頃までの司法試験の年間合格者(定員)は500名で、私が合格した平成9年は約750名、平成16年頃から1500名、平成20年頃から2000名前後となっています。

そして、裁判官・検察官の増員はほとんどなされていませんので、合格者が増えた分は、ほぼそのまま弁護士の増員につながっています。

弁護士の全体数も、平成12年に1万7000人だったものが、現在は約3万人ということで、上記の合格者数の急増から、老壮青の比率も相当にバランスが悪い(大雑把に言えば、45歳くらいが分水嶺で、それ以上の年齢層と40歳未満の年齢層で、大きな人数差がある)と言ってよいと思われます(少なくとも岩手に関しては、完全にそうした傾向があります。弁護士の性質上、年齢と経験年数が必ずしも噛み合わないという点にも留意すべきですが)。

ともあれ、弁護士数が急増した一方で、平成20年頃まで町弁業界では凄まじい需要があった債務整理問題は、一連の最高裁判決と立法改正等に伴い社会問題としては収束し、これに代わる特需等もないため、業界に一種の不況風が吹いており、弁護士の平均年収も大きく下がっていることは、確かだと思います(特需の一時期は、分相応を超えた年収になった人もそれなりにいたはずですので、その点は割り引いて考えるべきだとは思いますが)。

そして、日弁連をはじめ、業界内には、合格者数=新規弁護士数の抑制を求める声が力を増しており、こうした弁護士業界の魅力(収入的な)の低下や法科大学院政策の失敗ないし不人気(濫造と学費負担)などもあって、実質的な司法試験受験者数(或いは質)も減少・低下していくのではと思われますが、弁護士人口自体が急激な減少となることはないだろうと思われます。

そこで、「飢えた弁護士」達の標的の最有力候補とも目されているのが、月額で6万円以上が通例とされている(岩手も同様)、弁護士会費の減額問題です。

ただ、この件も、ブログの類では盛んに語られるものの、具体的に会費減額を旗印に会内の選挙云々(投票行動等)に取り組むという話(それこそ米国の茶会党のような話)は、不思議なほど聞いたことがありません。

そもそも、ブログ等で積極的に発言している方は、往々にしてアグレッシブ=弁護士として稼ぐ力を持っている方が多いので、問題を取り上げているご本人が、減額運動に精を出さなければならないほど窮迫していない(或いは暇でもない)ということなのかもしれません。

と同時に、「稼げない弁護士が弁護士会費の減額を求める」という図式が単純に成り立つのか、考えてみる必要があるように思います。

すなわち、弁護士にとって「稼ぐ力」とは、真っ当な力量を発揮すれば勝訴等の成果をあげて相応の成果・成功報酬をいただけるような、良質な仕事を継続的に獲得できる力を指すはずで、個人差はあるものの、専ら地上戦(人脈ネットワーク)で獲得する方もいれば、ネットなど(空中戦)を活用して顧客拡大を図る方もいるでしょう。

他方、こうした顧客獲得能力は、誰もが有するものではなく、人脈もないしHPなど独自宣伝する力もない、という弁護士にとっては、弁護士会の相談事業などに受注獲得のルートを依存せざるを得ず、そうした弁護士にとっては、事業体としての弁護士会自体が様々な事業を行って地域内で強大な顧客吸引能力を有する方が都合がいい、ということになると思われます。

そして、比較的所得が低い(その点で、会費減額にインセンティブがある)弁護士の層が、独力で顧客開拓を図る意欲等のある側か、逆=弁護士会等に依存したい側か、どちらが多いかと考えると、案外、後者の方が多いのかもしれないと思いますし、そうした弁護士にとっては、弁護士会が相応に会費を徴収し盛んに法律相談事業などを行って相談担当=受注獲得の機会を与えてくれた方がよい(その利益を失ってまで、会費減額=弁護士会の役割縮小を求めない)ということになると思います。

要するに、弁護士会の会費は、単に「増員したから会費を減らして欲しい」というほど単純な比例関係には立たず、むしろ、競争社会が本格的に生じているからこそ、「弱者たる弁護士を庇護=業務を供給する大きな弁護士会」を求める声も相応に出てくるであろうということで、事業体としての弁護士会の路線対立(大きな政府か小さな政府か)という問題と関わってくる事柄ではないかと思います。

そういう意味で、会費減額を主張される方の多くは、弁護士会に依存しなくとも弁護士としての生存ないし成功を収める力を持つ、弁護士会の役割縮小(小さな政府)を指向する方々ではないかという印象を受けるところがあります。

また、このような意味で弱者的立場にある若手の多くは、若いうちは自らは会費を負担せず勤務先が庇護する(或いは、会費自体は自己負担だったとしても、それに代替する形で所属先事務所等から何らかの経済的便宜を受ける)ことが多いでしょうから、なおのこと、「小さな政府よりも大きな政府」を指向しやすいのではないかと感じるところはあります。

ただ、仮に、そのような見立てが正しい=結果として弁護士会の会費が維持されたままという流れになるのであれば、なおのこと、相談事業などについては、その質(弁護士側にとっては顧客吸収力、利用者にとっては担当弁護士の力量等)が問われることになるでしょうが、この点は、少なくとも田舎弁護士たる私の認識としては、まだまだ発展途上という印象が否めません。

例えば、このブログでも何度か触れたことがありますが、震災後、岩手では、被災地出張相談や弁護士会の電話相談などが多数行われているところ、その全部がという訳でないものの、ほとんど相談者がない状態が続いているのに延々と続けられているというものも幾つか見られます。

担当弁護士の日当も低く抑えられているので、予算の垂れ流しというほどでもないと思いますが、それでも、会計検査院のようなところが監査をすれば、クレームが出るのではと思う事業もありますし、金銭面以上に、「往復4、5時間をかけて内陸から沿岸に相談に行ったのに、ゼロ~1件程度の相談件数のみだった」という話が延々続くと、震災の数年前位までは、8~10件の相談を矢継ぎ早にこなす(そのことで弁護士としての力を付けていく)のが当たり前という光景を知っている身としては、担当する若い弁護士さん達の心を何らかの形で蝕むのではないかと不安に感じるところがあります。

余談ながら、私も現在は月1回、法テラス気仙に行っていますが、こちらは法テラスの宣伝力(税金ですよね)の賜物か、平均3~4件の相談(来客)があり、もう少し開催頻度(担当者数)を減らしてもよいのではと思わないでもありませんが、まぁ許容範囲だとは思っています(受任件数はごく僅かですので、私にとっては大赤字事業ですが、これはやむを得ないというべきなのでしょう)。

ともあれ、そうした観点からも、今後も高額な会費を維持し続けるのであれば、岩手会のような規模では無理かもしれませんが、相応の規模の弁護士会などでは、相談事業などをマネジメントする専門家を採用又は業務委託するなどして、弁護士会の事業のレベルアップを図っていただきたいと思います。

以上に対し、東京などでは、弁護士会に依存せずCM等で顧客を大量に獲得し、若い弁護士を大量に採用し仕事を供給し、地方にまで触手を拡げている事務所も生じており、中には、内実も伴わずに専門性を標榜しているのではなどと批判されているところもあります。

仮に、そうした事務所が力をつけ、弁護士会に依存せずとも適正に仕事を供給するルートとして若い弁護士に認知・支持されるような事態にでもなれば、「小さな弁護士会」を指向する大きな力が働くということもあるかもしれません。

ただ、そのような展開になる前に、そうした事務所自体が今後も維持できるのかという話もありうるのかもしれませんが。

また、社会人・他業経験者など、相応の経験・年齢を積んだ後に弁護士となった方なども、ご自身が積み上げたルートによる顧客獲得の力をお持ちでしょうから、そうした方が今後どれだけ増えるのかという点にも注目してよいのかもしれません。

さらに言えば、企業・団体に就職する方など、自営業ではない(法律相談事業の参加など受注獲得等を弁護士会に依存する必要が微塵もない)弁護士が増えてくれば、会費の減額圧力が強まることは確かではないかと思います。

ただ、このような「新たな弁護士像」路線に進む方々にとっては、社会内での弁護士会のプレゼンスの拡大が望ましいという面もあるはずで、自身の会費負担の減額のみ求める=会費の細分化=相談事業や裁判所受託業務の配点(さらには委員会等の参加資格)などの別料金制を主張することになるのではと思いますが。

ともあれ、どのような形になるかはともかく、ここ10~20年のうちに弁護士会という組織が何らかの大きな変容ないし揺さぶりを経験することになることだけは、間違いないだろうと思います。

その際、「大きな政府(弁護士会)か小さな政府か」と、「分権(各地弁護士会の割拠独立の維持)か集権(日弁連や大規模会等への実質的な権限集中)か」というのが、基本的な視点の一つになるでしょうから(他にも、「弁護士会が人権云々を標榜して行う、政治的・党派的色彩を伴う活動を多額の資金(会費)を投じて行うことの当否」という論点があることは申すまでもありませんが)、そうしたことも踏まえて、物事の成り行きを静かに見守っていきたいと思っています。

自治体のゴミ分別回収に関する取り組みとゴミ袋開封条例

平成15年から、日弁連の公害対策環境保全委員会の委員(廃棄物部会)を拝命していたのですが、今年になって、他の方に席を譲らなければならないとのことで、残念ながら整理解雇されてしまいました。

ただ、また空席が出来れば復活したいとの希望があり(東京の弁護士会館に書籍を買いに行きたいからという理由が半分ですが)、お願いして廃棄物部会ML(メーリングリスト)には残留し、私が運営を預かっている岩手弁護士会の公害対策環境保全委員会の活動の参考にもさせていただいています。

で、本題に入りますが、先日、部会MLに、標記の問題に関し識者が賛否の見解を表明した記事が紹介され、その記事では、弁護士の方が反対派(プライバシー保護重視)の立場で論陣を張っていました。

自治体の一般ゴミ(一般廃棄物)の細かい分別回収は、盛岡市でも10年近く前から導入され、「プラスチック容器包装」「紙容器包装」などに分けて出すようにと言われています。

ただ、分別回収については、全国的に、分別ルールに従わずに排出する人が一定数いるため、不公平感の解消などを理由に、袋を開封して当事者を特定し、改善指導したり罰則(過料)を課す条例を定める自治体も生じています。

ネットで検索すると、次の記事などが出てきており、いずれは岩手県内でも導入(条例化)するような話が出るかも知れません。
http://www.asahi.com/articles/ASG81347RG81PLZB00C.html
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140125/wlf14012513350012-n1.htm

岩手の上記委員会は、今も開店休業に等しい状態が続いていますが、何らかの機会に、現在行っている他の分別履行の確保策の有無なども含め、県内自治体にアンケート調査するとか、勉強と提言を兼ねた何らかの取り組みができたらと思わないこともありません。

ゴミ開封条例は違憲になるのではないかとの議論もあるようですが、その当否は、詰まるところ、抽象論ではなく分別の必要性や不遵守による弊害・損失等の程度をはじめ、ディテール(立法事実)をどこまで明らかにできるかで定まるでしょうから、その点でも、自治体ごとの細かい取り組みや実務の実情などを、どなたか整理して論点整理などしていただければ(或いは、そうした作業こそが、弁護士会=法律実務家集団の果たすべき役割ではないか)と思っています(自分がどこまでできるかはさておき)。

最近では、奥州市江刺区で「家畜の死骸処理を行う企業が周囲に悪臭を生じさせているとして操業停止命令を受けた企業があり、その問題についても、西日本であれば、とっくの昔に近隣住民が差止請求訴訟をしているのではないかと思ったり、当委員会として何かできることはないのだろうかと思ったりすることもありますが、単なる勉強会以上の域を出ていない集まりなので、まずは、事例学習的なことでもやってみるのが身の丈というべきなのかもしれません。

勉強せずに皆で悪臭だけを嗅ぎに行っても、物笑いの種にしかならないでしょうし・・

ともあれ、「自治体のゴミの分別回収」の問題について、岩手県内の自治体の取り組みなどをよくご存知の方がおられれば、ご教示いただければ幸いです。

「古き良き中央大」を作り上げたものとロースクールの現在

先日、中央大の学員時報(OB向け新聞)が届いたのですが、「戦前の法曹界は中央よりも明治の方が多くの人材を輩出していた。それが逆転した(中央が東大よりも司法試験合格者数が多い時代が一定期間続いた)大きな原因は、学費が安かったからだ」と仰る、当時を経験された大物OB(弁護士)の方の投稿が載っていました(裏付けは調べていませんので、本当に明治大の方が合格者数が多い時代があったのかは存じません)。

また、投稿から察するに、当時の中央大は戦略的に(司法試験合格者増を狙って)学費を安くしたのではなく、たまたま戦争で建物が焼けずに済んだ(明治等は焼けて建て直しのため学費が高くなったそうです)という話ではないかと思われます。

実際、私が入学した頃まで、中央大の大学当局は司法試験受験生の面倒なんてほとんど見ておらず、見ていたのは「OB支援付き受験サークル」とでもいうべき各研究室でした(大学が本腰を入れるようになったのは、平成5~10年前後からというのが一般的な見方だと思います)。

あと、戦争で失業した若い優秀な軍人さん(陸士・海兵等出身者)が東大等への進学をGHQに制限されたことも大きい(失業した高級将校が学費の安い中央に殺到した)という話も書かれていましたが、その点は、鹿児島ラ・サールが超進学校となった経緯に関する噂話(公職追放された東大等の先生を受け入れてスパルタ教育?をしたとか)と似ていると感じました。

ちなみに、私は函館ラ・サール(地方では平凡なレベルの進学校)の出身なので姉妹校などと畏れ多くて言えませんが、高校時代に上記のような話を聞いたことがあり、ラ・サール会は函館の方に先に学校を作りたかったのに軍に反対されて出来なかったので、そうなっていれば函館の方が超進学校になったんじゃないかなどと、負け惜しみ?じみた話も聞きましたが、それだと私は入れなかったので、鹿児島に出来てくれて助かったと思ったりしたものです。

そういえば、私が東京時代にお仕えした先生(中央OB)も、海軍経理学校(中曽根首相の出身校)のご出身だと聞かされていました。

で、冒頭の投稿をされていた大先生は、そうした話に続けて「中央が多摩に移転したのは間違いだった、優秀な学者さんを集めて都心への再移転を目指すべき」と締めくくっておられるのですが、その当否はさておき、冒頭の話に加え、あまりにも学費が高いと批判されているロースクール制度のことを考えれば、「中央ロースクールは学費を他大学の数分の1にして(大学に金がないので)学者さんは3流ばかりになっても仕方がないから安さに惹かれて集まってくる(選抜される)優秀な学生さんの自主学習で、司法試験合格者数1位を取り戻そう」と締めくくった方が、文章の筋道が立つのではと思われます。

ただ、さすがに、そのように書くと「大人の事情」に抵触するでしょうから、そのことを意識されたのかそうでないのかは分かりませんが、上記のような締めくくり方になったのかなと思ったりもしたのでした。

余談ながら、私自身は中央大の真法会答練制度という、努力と運と適性さえあれば、ほとんど金をかけずに合格できるシステム(とりわけ、室員は合格後は修習開始まで奴隷と化す?のと引き換えに一貫して無料で受講できました)の恩恵に与った最後の世代です(当時は予備校の全盛期で、すでに現役大学生には知名度不足となっていた真法答練は平成10年に終了を余儀なくされました)。

そのせいか「司法試験に合格するために多額の学費を投じなければならない(しかも講義が試験勉強にはあまり直結していないらしい?)」システムに変貌してしまったという話を聞くと、余計に、搾取じみたもの(何らかの不正義)を感じずにはいられないところがあります。

今も若い方々には大したことはできていませんが、せめて相手方代理人などで対峙し、残念な主張立証を感じたときなどは、徹底的に法論理を駆使してトラウマになるくらい完膚無きまでにやっつけて、ではなくて(そんな力量もありませんし)、懇切丁寧に私なりの法律論を説明してOJT的な学びの機会を持っていただこうという姿勢で、反論書面などを書くように心がけているつもりです。

育児家庭に関する婚姻費用請求の整備の必要性

町弁をしていると、離婚をはじめとする夫婦・男女関係の紛争事案は日常的にご相談を受けますが、この種の案件は、コストその他の事情から、当事者間の適正な合意や裁判所への申立による解決等がなされず、問題がそのまま放置されているケースも少なくありません。

特に、見聞する機会が多い問題の1つに、婚姻費用が挙げられるのではないかと思います。

婚姻費用(の分担請求権)とは、別居中の夫婦の一方(収入の少ない側)が、収入の多い側に生活費の支払を求める権利のことで、養育費+配偶者の生活費と考えれば、分かりやすいと言えます(子がいない夫婦でも請求できることは申すまでもありませんが)。

夫婦の一方又は双方が離婚を希望すると、まずは別居から始めるというのが通例ですが、別居が開始された時点で、離婚成立までは収入の多い配偶者は、他方配偶者に対し、相当額の婚姻費用を支払わなければなりません。この種の紛争の典型は「妻が子を連れて夫宅から別居するケース(又は夫が単独で別居するケース)」ですので、通常は、夫が別居中の妻子の生活費として、妻に相当額を支払わなければならないということになります。

ただ、突如、別居された場合などは、妻に対する不満から、夫が支払を拒否する例も珍しくなく、その場合、妻は家庭裁判所に婚姻費用分担の調停申立をし、調停又は審判で定まることになります。具体的な金額は、典型的な家族構成の事案では裁判所の基準表が公開されており、これに夫婦双方の収入等をあてはめて算出することになります。

裁判所の基準表で算出される額は、「支払側の生活費を確保した上で、残金を受給側に支払わせる」というコンセプトで算出されている感があり、収入の低いご家庭では、その金額だけではおよそ生計を立てることができるものではないというのが通例となります。

そのため、現在では、別居中の配偶者(妻)も、パート等の勤務をしながら子育ても行っていることが通例で、お子さんが幼い場合などは、仕事・育児家事に加え、夫との紛争の問題という三重苦を抱えて、本当に大変なことだろうと感じます。

そのような観点から、生活費=生きる糧そのものというべき婚姻費用の支払(分担)に関する裁判所の手続は、なるべく簡明・迅速に行うようにすべきではないかと思うのですが、実際には、受理から相手方(夫)の呼出だけでも1~2ヶ月も要し、夫が色々な主張をして紛糾した場合などは、決着まで数ヶ月以上も要することが珍しくありません。

また、上記のとおり、富裕層などを別とすれば婚姻費用の額はさほど大きくないことや、特殊な論点を抱えた事案を別とすれば、裁判所の算定表で機械的に計算される面が大きいことから、多くの事案では、弁護士に申立を依頼=多額の費用を投入する意義が乏しく、当事者ご自身で手続を行った方が賢明という面が大きいと思います(私も、特殊性の強い事案で離婚などと併せて受任する場合はともかく、婚姻費用単独での受任は経験がありません)。

なお、以上の点は、養育費(離婚後の、配偶者を除いたお子さんの生活費)にも概ね当てはまると言ってよいと思います。

ただ、そうはいうものの、上記のように「仕事、育児家事、配偶者との紛争」という重荷を抱えた方にとっては、上記のような長期の調停の負担など相応の負担がある現在の婚姻費用を巡る実務を前提にすれば、常にご自身でなさってなさって下さいという考え方が適切とも思われません。

折しも、安部内閣は「働く女性の支援」を重大なテーマとして掲げているのですから、何らかの形で、婚姻費用や養育費を巡る実務について、当事者の負担軽減を目的とする措置を講じていただきたいところです(自民党は、民主党などと比べて、公助(公的給付)よりも自助=当事者の相互扶助を重視する政党と評されていましたので、自助を行いやすくするための制度の整備は党の精神にも適うと言ってよいのではないでしょうか)。

1つの方法として、まず、婚姻費用等(養育費を含め)は、原則として、申立後、直ちに相手方の呼出(意思確認や資料提出要請)をするなどして、短期間(例えば申立から2週間以内)で結論を出すのを実務の通例とさせるという方向が考えられると思います。適切な資料が提出されない場合などは、暫定的に仮の命令(保全処分など)を行って、後日、金額を調整するなどという方法も、あり得ると思います。

そして、上記の「2週間で給付(支払)を定めるところまで決着させる手続」で完全な解決に至らない紛糾事案や、性質上、弁護士の支援が必要と認められる事案などは、暫定的な給付額を決めた上で、最終的な決着について時間をかけて調停ないし審判を行うこととし、その際には、少なくとも債権者(受給者)側はなるべく法テラス等を利用でき、かつ、費用償還については事案の性質に応じ、免除(国費負担)など(将来的には相手方負担=立替、求償を含め)を弾力的に運用することも考えてよいのではないかと思います。

震災前後から家事関係の事件に従事する機会が増えていますが、家裁の手続は、一般の民事訴訟などと比べても、裁判所本位というか、当事者には非常に使い勝手が悪いと感じることがあります。

倒産・債務整理分野に関しては、私が弁護士になった平成12年頃から、少額管財手続や最高裁の相次ぐ引直計算の判決などを通じて、使い勝手がよくなった面がありますが(但し、法人の同時廃止がほぼ認められなくなり、予納金を調達できない法人が破産できないという問題もあります)、家事手続も、最近話題の父子の面会交流に限らず、全般的に需要が高まっているはずですので、手続の改善について、より善処を図っていただきたいところだと思います。