「弁護士費用保険が変える弁護士業界の近未来」に関する投稿の第6回です。第5回の文章が長くなりすぎたので2つに分けましたが、今回は「あとがき」のような内容です。
10 現代を生きる法律実務家、そして利用者の夢と革命
ここまで述べてきたことについて、最も難点として感じる点を申せば、一連の話は、カネを中心とした事柄なので、人々(特に、若手弁護士を中心に今後、相当数発生し固定化するであろう低所得者層)を熱狂させるような夢がないように感じます。
やはり、社会が大きく変化したり、その変化をもたらすために我が身を捨てて死力を尽くす人が次々に登場するためには、金銭的・実利的な話だけではダメで、現状に不満を持つ人のツボに訴えかけると共に、その不満を正義の旗のもとに一挙に解消してくれるかのような話(大義名分)が伴わないと、人は動かないのだと思います。
この点は、以前にも少し書きましたが、幕末(維新回天)との比較で言えば、尊皇攘夷・倒幕思想のような「夢」(体制変革を正当化する物語)が欲しいということに尽きるでしょう。
→ 司法革命の前夜?
仮に、今回の話を幕末になぞらると、弁護士費用保険の普及・進化によって損保大手が法的サービス業界で強い存在感、影響力を持つようになれば、いわば、雄藩(薩長)として、経済面で「志士」(司法サービスのあり方の変革に取り組む弁護士)を支える役割を持ちうることになります。
他方で、カネだけで体制が動くはずもなく、体制自体を揺るがす事態(異国の脅威)はもちろん、志士に魂を吹き込む吉田松陰のような人物ないし思想が登場しないと、革命(体制転覆)が生じることはありません。
この点、弁護士大増員政策により、二割司法から八割司法の社会へと転換する可能性が高まっていますが、そのような転換を前提に、弁護士業界ないし司法制度のあり方に抜本的な変革を起こす原動力となる「思想」が何であるか、言い換えれば、日弁連(既存の弁護士制度)が実現できていない・できそうにない「八割司法を支える、現代の法律実務家の夢」とは、どのようなものであるのか、私もまだ分かりません。
ただ、「需給双方が満足できる低コストで適切なリーガルサービスを全国に普及させること」を、現代の法律家が実現すべき「夢」と捉えるのであれば、保険がその有力な手段になることは間違いないはずです。
そして、そのような普及云々の仕組みができる上では、どちらかと言えば、日弁連よりも保険業界側(及びそれと提携して上記のスキームを作り上げることができる弁護士)の方に、より大きな役割・存在感を発揮しうる潜在的な可能性が高いように思われます。
さらに言えば、そのこと(多くの紛争や社会的問題が司法システムを介して法的理念に基づき解決されること、解決されるべきとの国民的認識や主体的な実践が広く生じること)を通じて、本当の意味では今も我が国に実現しているとは言い難い、「日本国憲法の基本的な価値観を体現した、人権(個人の尊厳)と民主政治(人民の社会に対する意思決定の権限と責任)が調和する社会」を創出できるのであれば、それは、多くの人を惹きつける「夢」と言えるのかもしれません。
或いは、「政治家・元榮太一郎氏」は、次のステップとして、そのような潮流を主導することに野心ないし理想を抱いているのかもしれません(少なくとも、そのような方向に野心ないし理想を向けている「名のある弁護士」を、私は他に存じません。敢えて言えば、増員派の巨頭というべき久保利英明先生らも、法科大学院の粗製濫造ではなく、弁護士費用保険の推進にこそ力を注いでいただければ良かったのではと残念に感じます)。
また、上記のような流れが出来てきた場合に、現在のような「一人事務所=零細事業主が中心の弁護士業界」が存続できるのか、私のように昔ながらのスタイル(零細事業主)で仕事をしている身にとっては、不安を感じずにはいられません。
ただ、「弁護士の自治・自由」という制度ないし文化を個々の担い手が死守しようとするのであれば、零細事業主というスタイルが一番合っているとも言えるわけで、その限りでは、企業弁護士中心の弁護士業界という流れは考えにくいと思います。その意味で、「独立性の高い自立した専門職企業人について、かつてない新たな生き方が芽生えている業界」があれば、参考になるのかもしれません。
また、弁護士費用保険の普及に先だって、医療保険制度の運用に関し、医療従事者と保険制度の運営者(国家機関など)との力関係や依存度等の実情がどのようになっているか、弁護士業界は、改めて調べるべきではないかとも思われます。
生命保険については、ここ数年、ライフネット生命(ネット生保)のように業界の革新を感じさせる話題もありましたが、損保業界では、そうした話を聞くことがあまりないように思います。保険制度を通じて弁護士業界を手中に収めてやろうなどという野心、或いは、業界内部で実現できていない「需給双方が満足できる低コストで適切なリーガルサービスを保険の力で全国に普及させたい」という高い理想をもって取り組む事業家が出現しても良いのではと、他人事ながら?思わないでもありません。
それこそ、ハードボイルド小説家弁護士こと法坂一広先生に、上記の事柄もネタにした業界近未来小説でも作っていただければ、サイボーグ・フランキーとセニョールも喜ぶことでしょう。
ともあれ、私のような、事務所の運転資金に汲々とする毎日のしがない田舎の町弁が、このような大きな話に関わることはあり得ないのでしょうから、さしあたっては、弁護士費用保険の制度維持の観点も含めて真っ当な業務に努めると共に、お世話になっている損保企業さんから取引停止される憂き目に遭わないよう、適正な仕事を誠心誠意、続けていきたいと思っています。
大変な長文になりましたが、最後までご覧いただいた方に御礼申し上げます。