都知事選絡みの投稿が続いて恐縮ですが、折角なので、少し前にfacebookの方に載せた投稿を再掲させていただきます。
大学1年の終わり頃、突然、奥多摩湖に行きたくなり、昼過ぎに当時の自宅(東京都日野市の百草園)を出て、夕方4時頃に湖(小河内ダム)に到着し、南岸のほとんど整備されていない踏み跡程度の遊歩道を、日が沈もうとしていた時間に何も考えずに延々と歩き出したということがありました。
何を考えていたのか思い出せませんが、誰もいない森の中に入っていけば、そのまま自分が消えて無くなってくれるんじゃないかなどと、自殺とまではいかなくとも、厭世的な願望があったのだと思います(失恋とかが理由ではありませんので念のため。ある意味、「それ以前」の大学生活でした)。
当時はまだ山登りに目覚める前だったので、ヘッドランプなどの用意がないことはもちろん、靴も普段用のもので、ほぼ手ぶらで出かけたことや、「ここから先は落石等があるので立入禁止」の看板(ネットで少し調べたら今もあるようですね・・)があるのを見て、そのまま石にぶつかって死んでくれてもいいや、などとみっともない感傷に浸っていたことはよく覚えています。
2月か3月頃の話ですので(11月だったかもしれません)、5時半頃には周囲一帯は暗くなり、仕舞いには遊歩道がどこかも分からなくなって、暗闇の中、沢沿いの砂防ダムのようなところをよじ登ったりもしました。
湖畔に沿って行けば何とかなるだろうと思って歩いているうちに、6時過ぎ頃、明かりが見えたので山中をよじ登ったところ、キャンプ場らしき場所(南岸の真ん中過ぎ。今もグーグル地図に載っています)に出て、そこから車道をトボトボ歩いていたところ、通りがかりの自動車の方に拾っていただき、奥多摩駅まで送っていただきました。
湖畔を歩いていたときのことはあまり思い出せませんが、明かりを見つけて無我夢中で走ったことと、ドライバーの方(おじさん)から「この辺は熊が出るぞ」と言われたことは、今もよく覚えています。
その後、ほどなくして、大学生協で見つけた奥多摩地域の登山ガイドを手にとって、大学2年の秋頃には毎週のように未明から自宅を出て、京王線百草園駅から立川駅5時25分発の電車に乗り、日帰り登山に出かけていました。
大学時代は、誰が見てもどこから見ても、近寄るなと言われてもやむを得ないような陰気で救いのない学生でしたが、そうした時間を持つことで、辛うじて自分を持ち堪えることができたと思っています。
退任間際の舛添知事が湯河原通いを批判された際、奥多摩を軽視しているかのように受け取られかねない発言をしたことが話題になったせいか、知事選の候補者の方々が演説等に訪れたとの記事が取り上げられていましたが、私自身は奥多摩に特別の思い出や恩義のようなものがあり、今も、奥多摩の良さや大切さを都知事に限らず多くの方に知っていただければと感じています。
余談ながら、先週の土曜には中央大岩手支部の総会があり、遅参の身で恐縮ですが参加させていただきました。参加者の多くは大先輩の世代の方々なのですが、先輩方に暖かい言葉をいただくことを有り難く感じるのも、そうした学生生活を過ごしたことが関係しているのかもしれません。