A氏事件(平成24年に発覚した盛岡市の某弁護士の横領事件)に関する投稿の3回目です。
3 予防とそれに関連する問題
(1) 事件発生までのA氏の活動に関し私が知っていたこと
ところで、この種の問題は、被害回復という観点からは、横領事件が発覚した時点では手遅れである、或いは本人の親族等が被害弁償を拠出するのでない限り、被害弁償は期待できないことがほとんどだと思います。
その意味で、弁護士会というより各会員の横領問題を回避するための適切な措置について、実際の事案を踏まえて十分な検討がなされるべき必要があると思います(ネット公開されている岡山弁護士会の要約報告書は、事案の点もさることながら、この点でインパクトのある対策が説明されていないように思います)。
この点、分かりやすい方策の一つとして、会員に関する不祥事などのリスク情報の適切な管理と公表ということが考えられます。
そして、本件のA氏に関しては、私以外にも当時から既にご存知の方もいたのではないかと思いますが、A氏は、岩手に戻ってくる以前に、東京で問題のある弁護活動(代理人業務)を行ったとして、実名入りの書籍で取り上げられていたという話があります。
これは、ネット上でも簡単に検索できる話であり、ここで書籍名を記載するのは遠慮させていただきますが、要するに「医療過誤を理由とする損害賠償請求訴訟を、高額な着手金を得て被害者側で受任したが、ハードルの高そうな(容易には医療側の過失が認められないと見込まれる)事件なのに、これを遂行するだけの力量や弁護士としての誠実さを到底欠くのではないかと依頼者が強い疑念を感じる行動(代理人業務等)が多々あった」という内容になっていたと記憶しています。
私自身は、この書籍を刊行直後(A氏がまだ東京で執務していた時代)に購入して読んでおり、A氏の件は、書籍冒頭の非常にインパクトのある記事として取り上げられていましたので、A氏が盛岡に来て間もなく、「この人は、あの本で取り上げられた人ではないか」と気づいていました。
ただ、そうはいうものの、同業者のこうしたマイナス情報を他に言いふらすのもいかがなものかということで、私自身はこの話を誰にも話さなかったと記憶しています(妻には教えたかもしれませんが)。もちろん、殊更にA氏をかばったのではなく、そのような話を自分で言いふらすのが嫌だからというだけの話です。
その上で、A氏が上記の書籍どおりの人物なのか、その経験をバネに研鑽を積んで医療過誤に限らず大概の分野で適切な仕事をできるようになっているのか、見極める機会を持てればと思っていたのですが、残念ながら、直接対決(互いに原告又は被告の代理人として訴訟等で対決する立場)などA氏の仕事上の能力を見極める機会には恵まれませんでした。
余談ながら、私も岩手に戻って約10年になりますが、不思議なもので、A氏に限らず、未だに直接対決の機会に恵まれない先生は何人もいて、他方で何度も(5回以上)対決している先生も数名おられますので、こればかりは、ご縁ないし運としか言いようがありません。
ただ、連載の最初に記載したとおり、A氏が岩手に登録替えして間もない平成18~20年頃には、A氏には何度かお会いしたことがあります。登録直後の時期に、私の事務所に訪ねてきたこともあり、その際、岩手で自分の事務所を開設するための準備として、様々な事務所を訪問して経営に関する話を聞きたいと申し入れていると述べていました(私も、当事務所を開設した際の大まかな流れをお伝えしたはずです)。
正直なところ、その頃の大まかな印象としては、上記の書籍で描かれたA氏像を払拭するだけの「良い(優秀な)弁護士であるという印象」を持つことはできませんでしたが、予断でその種の心証を持つのは嫌ですので、とりあえず今後も注視しておこうと思ったことは覚えています。
A氏は、岩手に登録替えした当初、県内では大物弁護士として著名な某先生の事務所に1年近く所属し(勤務弁護士?)、その後(平成19~20年頃)、独立開業したとの記憶ですが、しばらくして、「A氏が、登記問題に力を入れたいと称して、自分の事務所に登記部門なるものを開設し、司法書士を勤務者として雇用している」という噂話を聞いたことがあります(大筋で実話と聞いています)。
その際、私自身は、そんな需要があるのか(殊更に司法書士ではなく弁護士に様々な登記事務を依頼したいなどという依頼者がどれほどいるというのか)大いに疑問に感じ(少なくとも、私は、そのような経験をしたことがほとんどありません)、単純に「弁護士と司法書士の共同事務所」というのであれば、まあ理解できる話ではあるけれど、A氏に、そうした(自分がボス的な立場であることを前提とした)共同事務所を経営していくだけの力量、センスが十分に備わっているのだろうかと、僭越ながら感じてはいました。
ただ、私も、A氏と懇意にしていたわけではありませんし(年齢差も大きい上、私の性格からしても、殊更に相談も受けていないのに厳しいコメントを他者にしていくようなキャラではありません)、上記のとおり平成20年頃を過ぎてからはお会いする機会もなく、接点のない状態が続きました。
その後、平成23年半ば頃に、交通事故の損害賠償事件で、A氏が被害者側代理人、私が加害者側(その頃ご紹介をいただいて事件をお引き受けするようになった某損保会社さん)の代理人として、対峙した事件(示談交渉)がありました。
それは、馬鹿馬鹿しい話なのですが、事故や被害者の方の損害は相当に軽微で損害算定上の論点もない事件で、損保側(当方)ではA氏が提示した金額を受け入れる判断をし、A氏にも伝えていたのですが、本筋とは離れた些細な話(感情的なこと)でA氏が気分を害して損保側からの連絡に応じないといった話があり、それで、弁護士が窓口となればすぐに応じるだろうということで、私に依頼があったものです。
そのため、私が通知してすぐに和解がまとまったのですが、その際、A氏が本筋と離れたところで損保側に感情的な不満を述べるFAXを私に送信してきたことがあり、何だかなぁと思ったのを覚えています。
後にも先にも、私がA氏と「直接対決」(というほどの事件ではありませんが)したのは、この1件だけとなりました。
(2) 不祥事予防策としての弁護士の情報開示など
で、何のために、こうした昔話を延々と書いてきたかといいますと、A氏に事件を依頼し高額な金員を預託した「業務上横領事件の被害者」や、本件では私のように着手金ゼロで事件の引継ぎを受けたにせよ、このような弁護士会の取組がなければ、着手金被害(他の弁護士に再依頼するための着手金等の二重負担)を受けていたはずの方々は、恐らく、A氏に関する弁護士としての情報をほとんど知らないまま依頼をしていたのではないか(仮に、A氏に関する様々な情報を知っていれば、依頼をせず、結果として被害を受けなかったのではないか)ということです。
少なくとも、私が、弁護士に何らかの仕事を依頼しなければならない立場になった場合は、その弁護士(例えばA氏)は、どのような経歴等の持ち主か、弁護士としてどの程度の力量の持ち主か、どのような事件の取扱が多いか、標榜している得意分野があるか、仮にあるとして、その標榜は内実が伴っているか、経営や健康その他の私的問題など依頼した業務を完遂できなくなるリスクを抱えているということはないかなどとという、自分の仕事を任せるに足る総合的な力量を備えているかどうかを推し量るための様々な情報を欲する(可能な限り、その情報を収集した上で、依頼する弁護士の方を選定したい)と思います。
この点、業務上横領などという事件(犯罪)は、一朝一夕に起こるものではなく、様々な予兆、積み重ねがあって生じるものであることは間違いありません。そして、典型例というべき、企業・団体の役員、従業員が横領事件を起こすケースでは、往々にして、企業等の責任者側(被害財産の適正な管理に責任を持つべき立場の者やその補助の責任を持つ者)の意識(責任感)が乏しく、横領をした行為者に対し、その立場、地位に相応しくない態様で、長期間に亘って財産管理を丸投げしている例が少なくないため、酷な言い方をすれば、被害の発生は自業自得だと言わざるを得ない一面があります。
これに対し、弁護士(町弁)の横領の場合、個々の依頼者とは長期的な関係ではないことがほとんどであるため、最後に依頼した方々がババ(貧乏くじ)を引いたという面が濃厚に生じます(だからこそ、これを放置するのは弁護士というシステムに対する信頼問題に直結すると思います)。
もちろん、「弁護士であれば誰でもよいという大甘?な考えは持たず、自分の頭で様々な情報を収集、分析し、安心して依頼できる弁護士をシビアに選択しようとする人」であれば、横領を開始していた時期のA氏のような弁護士には依頼しない(何か不審な点を感じて依頼を取りやめる)といったことになるとは思います。
しかし、そのように弁護士を値踏みして選定する方は、以前はごく一部しか存在しなかったと思いますし、その点は、少し前までの弁護士業界の特性とそれに対する世間的な感覚(長年に亘り供給数を絞り込んできたことによる恒常的な弁護士不足=選択の余地が乏しいこと、これと裏腹の、業界全体の信頼感の高さ=弁護士であれば誰でも、(特殊な分野を別とすれば)ある程度以上の仕事はしてくれるはずだし、まして、不合理な理由で受任仕事を放り投げることもないはずだという感覚)から、やむを得ないというか、当たり前といってよい面があります(何より、弁護士の側にそうした信頼を守っていく不断の努力が求められていることは、申すまでもありません)。
また、A氏のような例は、今も、業界人の一般的な感覚として「生じるはずのない話」ですし、岩手で前代未聞であることはもちろん、私も情報通とは言えませんが、正直言って、少なくとも若い世代を含めて現在の会員の方々を見る限り、今後30年以上は岩手で同じ事件が起こることはないと思います(というか、信じたいです)。
ただ、最近も他県では若い世代を含め、この種の事件が発覚しているという現実もあり、A氏のような弁護士が一定程度存在し、かつ、横領の被害に対する抜本的な救済制度が設けられていない(次号参照)という現実がある以上、自分が貧乏くじを引かないようにするためには、弁護士への目利き力を高める(最低限、その意識を持つ)ことしかありません。
そして、(決して万能ではありませんし、迂遠な方法かもしれませんが)予防のための利用者側の目利き力を高めるという観点から現実的に可能な路線としては、個々の弁護士が、もっと自身について適切な方法で情報開示を行う(そうすべきだという文化を創り上げていく)ことが、望ましいのではないかと思っています。
少なくとも、弁護士であれば、誰もが司法試験の勉強を通じて「表現の自由や知る権利は民主政の内実を高めるため必要不可欠(政治的意思決定のための適切な情報の流通の確保が、適切な決定を担保する)」ということを勉強しているはずですが、肝心の司法業界(弁護士に限らず)自体が、このような「表現の自由と知る権利」の充実化におよそ熱心であったとは言えず、未だ、この論考で述べているような観点から個々の弁護士や業界全体に関する適切な情報開示等のシステムないし文化を創っていこうという動きは見られないと思います。
敢えて言えば、個々の弁護士のHPやブログなどは、見苦しい誇大宣伝的なものや、自己満足のグタグタ記事ばかりのものも無いわけではありませんが(などと言うとブーメランになりそうですが)、コンテンツを作成する個々の弁護士の人柄や力量などが一定程度、感じ取れるものにはなっているものも増えていますので、そうしたものについては、一種の情報開示的な機能を果たしていると思いますし、当事務所のHPも、そのような観点を含めて作成しているつもりです(多忙等を理由に色々な意味で中途半端ではありますが)。
また、弁護士自身ではなく、第三者の評価的な文化がもっと醸成されるべきではないかとも感じており、できれば、悪口的なものばかりが目立ちやすい匿名投稿の口コミサイトのようなものではなく、ミシュランガイドのような?世間的にも一定の信頼感をもって受け入れられる精度の高い第三者評価の仕組みが、町弁業界にも出来上がってくればよいのではと思っています。
もちろん、特に若い世代に言えることですが、個々の弁護士の能力やコンディション等は時の経過で大きく異なってきますので、一定の時点の評価などが一人歩きしないような工夫ないし配慮も必要なのだとは思いますが。
ともあれ、究極的には、そうしたものを通じて、個々の弁護士が、自身が現に接している依頼者だけでなく、世間全体が自分の仕事ぶりを見ているのだという緊張感を持って仕事をしていくことが、不祥事を抑止する一つの方法になりうるかもしれません(もちろん、これが強調されすぎると一種の監視社会になりうるわけで、バランス感覚が問われるでしょうが)。
(3) 弁護士のメンタル上の疾患に対する対処
次に、不祥事防止という観点から、本件との関係で特に強調されるべき点として、いわゆるメンタル面の問題があると思います。
A氏の刑事事件に関する報道では、A氏がメンタル面で病気を抱えていたという趣旨の報道があったと記憶しています。今だから言えることなのかもしれませんが、正直なところ、その点は違和感がありませんでした。
私が接する機会があった平成18~20年頃のことは分かりませんが、その頃から精神的にタフな方ではないという印象は持っていましたし、前述の書籍の存在をA氏自身がご存知であれば(たぶん、ご存知だったと思います)、正直、弁護士としては(弁護士を続けていくには)非常に辛いものがありますので、「もともと(弁護士は様々なストレスを抱えやすい仕事でありながら)精神的にタフではない上に、過去の不祥事による負荷を抱えていた」などの点で、通常よりは精神的な健康を害しやすい面はあったと思います。
また、A氏のプライベートなことはほとんど存じませんし、私が聞いた範囲のこともここで書くべきではないでしょうが、私が聞いた限りで、そうした負荷を和らげるなど精神面で支えてくれる方の存在に、あまり恵まれていなかったのではと感じるところはあります。
まして、A氏は基本的な部分で真面目な(或いは、ある種の臆病さを持った)方と認識していましたので、そのような方がこの種の行為に及ぶこと自体、メンタル面の問題を抱えていたことは間違いないと思います。
ところで、我々だけがというつもりはありませんが、弁護士の仕事は、ただでさえ傭兵(喧嘩商売)のような面がある上に、紛争を抱えて一杯一杯の(普段と違って余裕がなく神経質等になっている)精神状態の方をはじめ、コミュニケーションに様々な問題を抱えた方との接触を余儀なくされることが日常茶飯事で、そのような方に対し法的な事柄を説明したり、それを前提とした一定の行動等を求めなければならないこと、仕事自体のプレッシャーなども時に相当強いものがあることなどから、比較的、ストレスを感じることが多いタイプの仕事であることは否定しがたいと思います。
その上、ご承知のとおり、現在の弁護士業界は、(横領に限らず)町弁として生き残ることができない層が一定程度出現することが確実視されている、大競争時代に突入していますので、少なからぬ弁護士が、業務上のストレスと、経営上(弁護士としての存続上)のストレスの双方を抱えています。
そのため、ストレスが昂じて精神面の健康を害し、横領以外を含め、結局は何らかの形で依頼者にも迷惑をかけるという弁護士が、今後ますます増えてくることは、相応に予測されると言わざるを得ないと思います。
特に私が危惧しているのは自殺の問題(とりわけ比較的若い世代の弁護士に関する事務所の経営難を苦とする自殺)であり、この点については私は統計的なものは何も存じませんが、噂話の類では、そうしたものが増加傾向にあるという話を聞いたことがあるような気もしています。
この種の問題はとてもデリケートですので、私も軽々にものを言えませんが、少なくとも、業界内に、そうした問題を二重三重にフォローできる仕組みがあればと思わないでもありません。
少し話が飛躍しますが、こうした問題は、「弁護士大増員時代では、大事務所などに就職しない普通の弁護士も、これまでのような自分の事務所を構えるような伝統的な町弁とは異なった生き方を模索していかなければならない」という話と繋がった事柄だと感じますし、そうしたことも視野に入れながら、業界の未来像や個々の弁護士の行く末などを考えていくべきではないかと思います。
(4) 預かり金の調査など
ところで、「横領」という問題に限って言えば、端的に、弁護士が預かり金を依頼者の承諾がない限り出金できないような仕組みを作ってしまえば、確実に防ぐことができるのではないかと思います。
そのため、例えば、弁護士が預かり金口座から出金する場合には、インターネットバンキングを経由し、かつ、資金移動の際に、依頼者にその旨が通知(メール等)され、依頼者が予め登録した所定のパスワードを入力するなどして、はじめて出金ができるような仕組み(要するに、預かり金の関係者やその利害を代弁できる第三者の認証を必要とする仕組み)を作ることができれば、一挙解決になるのではないかと思います(なお、ネットバンキングができない人は、依頼者と一緒に窓口で手続するなど本人の了解が確認ができなければ出金できないものとすればよいのではと思います)。
ただ、以前にこのことをfacebookで投稿した際、高度・専門的な金融法務に従事されている先生から、無理筋ではないかとのコメントをいただいたような記憶がありますので、今の技術では夢想レベルの話なのかもしれません。
なお、最近では、公認会計士の方に預かり金の管理の適正につき監査を受け、それをHPで公表している法律事務所も登場しています。当事務所も、そこまでやるべきなのかもしれませんが、残念ながら、そのようなことに高額な経費を投入できるだけの高収益を望めない状況が続いており、恐らくは業界に浸透するということもないでしょう(少なくとも、依頼者側がそのコストの転嫁を受け入れるような状況にはないと思います)。
その他、弁護士会その他の第三者が預かり金の抜き打ち調査(強制調査)をすることなども考えられるかもしれませんが、少なくとも現時点では、そのような仕組みを導入する(業界が受け入れる)素地はないと思います。
要するに、横領を完全に抑止できる抜本的な予防策というのは、あまり期待できないのではというのが、現在の率直な印象です。
(以下、次号)