先日、ツイッターのなりすまし被害(AがBの名前などを勝手に用いて自分をBと称して他者の誹謗中傷をするなどの方法でBの名誉を毀損するもの)の救済方法について勉強する機会がありました。
結論として、現在の法制度では、地方の一般的な弁護士がこれを手掛ける上では、初動段階で重大な問題(壁)があり、現状では東京などの一部の弁護士の方に依頼するか、その「壁」を警察に対処していただくか、どちらかを要するのではないか(但し、その「壁」を乗り越えることができれば、それに引き続く問題は、私にも問題なく対処可能)と感じています。
具体的には「ツイッター社に対し、なりすまし投稿者のIPアドレスを開示させる」という問題です。
そもそも、ツイッターに限らず「2ちゃんねる」や他の匿名掲示板であれ、インターネット上に名誉毀損やプライバシー侵害等にあたる投稿がなされた場合、被害者が投稿者を突き止めて賠償請求等を希望する場合、①第1段階として、当該投稿が表示されているサイトの運営者に、その投稿に関するIPアドレス等(アクセスログ)の開示を求める、②IPアドレス等の表示をもとに、その投稿が送られてきたプロバイダ会社(投稿者のアクセスプロバイダ)を確認し(基本的に確認可能とされています)、そのプロバイダに対し、投稿者に関する契約者情報(契約者≒投稿者の氏名、住所等)の開示を求めるという2段階の手順を踏むことが必要となっています。
そして、②については、国内の企業(今ならソネット、ぷらら、ニフティなど)が行っているが通例でしょうから、訴訟手続(発信者情報開示請求)は決して困難なものではないのですが(多分)、①については海外の企業が開設者(運営窓口)になっているサイトがあり、この場合には、基本的にその国を巻き込んだ手続が必要になり、英語絡みの仕事をしていない大半の「普通の町弁」には、対処困難になっています。
例えば、ツイッターの場合、ネットや文献によれば、日本法人に対処能力がなく米国ツイッター社を相手に①の手続をする必要があるとされ、原則として、同社の本社がある米国の特定の州に提訴すべきところ、東京地裁でも提訴可能(逆に、日本で行うなら東京地裁でなければダメ)とされています(根拠は民事訴訟法3条の3第5号、同4条4項、5項、民事訴訟規則6条などのようです)。
この点は、中澤佑一弁護士の著作「インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル」71頁以下に詳細な説明があります。
さらに、裁判の基本ルールとして、相手方の登記事項証明書を取得する必要があり、米国に申請する必要があるため、その種の作業を行うノウハウ(語学力)のある方を通じないと入手は困難と思われます。この点については「ツイッター 登記事項証明」などと入力して検索して発見した、次のサイトが参考になるかもしれません。
また、開示を求める仮処分申立書も米国の住所等を表示しなければならないのでしょうから、そうした点や手続内で生じる様々な論点に英語(時には当該国の法律)で対処することも含め、残念ながら現状では「英語で仕事ができる弁護士」でないと(少なくとも後方支援がないと)対処が容易でない面が強いと思われます。
一般的にIPアドレスの保存期間が3ヶ月とされていることなども考えると、「IPアドレスの開示の仮処分」の申立を希望される方は、すでに実績を挙げている(と宣伝している)きちんとした東京の法律事務所か、上記の問題を十分にクリアできるだけの体制を備えた弁護士の方に依頼するほかないと言わざるを得ないように思われます。
ところで、こうした「名誉毀損投稿の受け皿サイトに外国企業が介在し権利行使の壁が大きくなるという問題」は、「2ちゃんねる」でも生じています。
私は、10年近く前に「2ちゃんねる」の誹謗中傷投稿について相談を受けたことがあるのですが、当時、「2ちゃんねる」の創設者たる西村氏が、事業をシンガポール国籍の企業に売却したとなどという話があったので、「2ちゃんねる」への投稿者のIPアドレスを開示させる手続(仮処分)も、同様の壁をクリアしなければならないので、地方の一般的な町弁では対処困難とお伝えし、実績を宣伝している東京の事務所をご紹介したことがあります。
ただ、この種の訴訟で支払が命じられる金額は必ずしも多くはありませんし、回収の問題もありますので、上記の手続を賄うに足りるだけの賠償金を得ることができるかは、慎重な判断が必要と思われますし、そのせいか、この種の問題(2ちゃんねるなどを含め)で訴訟等の手続がなされることは滅多にないように感じます。
それだけに、「違法投稿者の発信者情報の開示」については、名誉毀損等の刑事事件であるとの前提で、被害者の地元警察など(できれば弁護士一般も)が管理先企業に照会し即日に開示するような実務慣行ないし仕組みを直ちに作っていただければと強く思います。
少なくとも、いわゆるオレオレ詐欺やヤミ金融などで用いられた銀行口座の凍結については、被害者が警察等を通じて口座開設先の金融機関に申告すれば直ちに凍結される仕組みが出来上がっていましたので(私は利用する機会がありませんでしたが、10年ほど前から弁護士も所定書式を提出すれば凍結される仕組みになったはずです)、関係機関がその気になれば、法改正などを要せずとも十分に可能と思われます。
そもそも、一般人を対象とするなりすまし投稿のようなものは、以前に社会を震撼させた遠隔操作事件のような特異な例を別とすれば、被害者の身近な関係にある人(学校なら同級生など在学生・学校関係者、会社なら同僚、社会人なら「ママ友」のような知人など)が行うことが多いと言ってよいはずで、それだけに、事件の本質は近隣関係者による理不尽な加害行為であり、地元の警察など司法機関が解決のため活用されるべきですし、その前提で、当たり前の仕事を行う際に支障(壁)になる実務上の問題があれば、それを除去する工夫が必要だと思います。
そうした意味で、「IPアドレスの開示のため外国企業を訴えなければならず、一般的な実務家では対処困難な壁がある」というのは明らかに不適切な状態になっているというべきで、至急の改善を要すると思います。
被害者の立場からすれば、上記のように、警察等に被害申告をすれば直ちにIPアドレスを開示する制度が一番望ましいですが、それが困難ということであれば、例えば、社会内で一定以上のユーザーが生じているなど違法投稿が問題となる(なりうる)サイトについては、消費者庁の指定制度を作るなどして指定されたサイトを運営する外国企業は違法投稿の被害申告があればIPアドレスを即日に特定の行政部門に開示するものとし(これに応じなければ営業停止=サイト閉鎖などの処分の対象とする)、被害者は開示情報を保管する行政庁に被害状況などを証明して開示申立をし、行政がその適正を迅速に確認して開示の当否を判断するというような「被害者がIPアドレスの開示に関し企業を相手に訴訟手続等をしなくともよい(他の機関で代替可能とする)仕組み」を作るべきだと思います。
せっかく弁護士が激増しているので、日弁連をはじめ、そうした立法運動を盛んに行っていただける方がおられればと思われ、なおのこと残念に感じてしまいます。